Summary

  • フランクフルトの長谷部が日本代表からの引退を表明
  • 約13年間の代表キャリアで通算114試合に出場
  • 8年間はキャプテンとしてチームをけん引

ワールドカップ ロシア大会での激闘を終えた長谷部誠(アイントラハト・フランクフルト)が日本代表からの引退を表明した。2006年に代表デビューを飾って以来、積み上げたキャップ数は114試合。2010年からは約8年にわたってキャプテンを務め、3度のW杯で“サムライ・ブルー”をけん引してきた。誰からも愛された「生まれながらのリーダー」の歩みを振り返る。

「この会見が終わったら僕の日本代表としての公式的なものはすべて終わります。喪失感はすごいですね」

ロシアでの激闘を終えて帰国した日本代表キャプテンは、空港で行われた会見でそう語った。帰国前日に自身のSNS上で「この大会を最後に日本代表にひとつの区切りをつけさせていただきたいと思います」と代表からの引退を表明。約13年におよんだ代表キャリアに自ら終止符を打った。

長谷部が初めて代表に招集されたのは2006年の初頭、2月のアメリカ遠征で記念すべき初キャップを刻んだ。同年に開催されたドイツW杯のメンバーからは漏れたが、2008年に2度目の就任を果たした岡田武史監督の下でレギュラーに定着。2010年の南アフリカW杯の直前には中澤佑二に代わってキャプテンに使命され、チームのベスト16進出に貢献した。

以降、アルベルト・ザッケローニ、ハビエル・アギーレ、ヴァイッド・ハリルホジッチ、西野朗と4人の指揮官が日本代表を率いてきたが、長谷部はどの監督からも信頼を寄せられ、常にキャプテンとしてチームの中心にいた。

その生真面目な性格から代表チーム内ではいつしか「真面目=長谷部」のイメージが定着。チームメートたちは「真面目すぎる」ことを揶揄する時に「長谷部か!」というフレーズを好んで使い、そのイメージはファンの間にも広く知られるようになった。

2011年3月に出版された自己啓発本『心を整える。』は、サッカーファンだけでなく多くの人々から指示を得てミリオンセラーを記録。その印税を同月に発生した東日本大震災の支援のために全額寄付したことも、長谷部の人柄を表すエピソードだろう。

© gettyimages / TOSHIFUMI KITAMURA

チームメートとして長年ともに戦ってきた吉田麻也は、長谷部の引退について聞かれると「本当に素晴らしいキャプテンで…」と言葉を詰まらせ、目を赤くした。「7年半、彼と一緒にやってきましたけど、あれだけチームの事を考えてプレーする選手は少ない。彼から学ぶことはたくさんあった」

キャプテンとして振る舞い続けることには苦しさもあった。それでも長谷部は「それ以上に誇りがありました。そっちのほうが大きかった」と話す。「プレーヤーとしてだけじゃなく、人間としても多くのものを与えてくれた。一人の人間として成長させてもらった」

監督、チームメート、そしてファンから愛された「生まれながらのリーダー」は、最後に自らの意思を継ぐ後輩たちにエールを送った。「今回のW杯は“自分たちがやらなきゃいけない”ということを選手たちが感じて作り上げた戦いでした。これは日本代表のベースになる。そういうものを若い選手たちが引き継いでくれると思っています」

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