ダルムシュタットについて紹介する。

(1)2度のブンデスリーガ挑戦

ダルムシュタットがブンデスリーガに初めて登場したのは1978/79シーズンのこと。しかし、トップリーグの壁は高く、同シーズンを最下位で終了し、1年でブンデスリーガ2部へ降格してしまう。それから2年後、同2部で首位に輝き、再び1981/82シーズンにブンデスリーガへ戦いの場を移すも、2度目の挑戦も17位となり、残留という目標が実ることはなかった。するとダルムシュタットの転落が始まり、11年間をブンデスリーガ2部で過ごした後、1993年には3部へ降格。ほんの数年前まで3~4部を行き来するクラブとなってしまった。

(2)転機

そんなダルムシュタットに光が射しだしたのは2012年12月、ディルク・シュスター監督がシーズン途中でバトンを受け継いだことがきっかけだった。同監督はチームを立て直し18位でそのシーズンを終え、4部への降格危機を見事に救うと、その翌季には3部で3位に入り、2部昇格を達成。すると22年ぶりのブンデスリーガ2部でも、たった1年で上位に躍進し、1シーズンで34年ぶりのブンデスリーガ昇格を果たしている。なお、2015/16シーズンは14位で終え、クラブ史上初のブンデスリーガ残留となった。しかし、その手腕を買われ、シュスター監督はアウクスブルクへ移籍。ビーレフェルトから新たにやってきたノベルト・マイヤー監督とともにブンデスリーガ定着を目指す。

(3)本拠地

正式名称はメルク・シュタディオン・アム・ベレンファルトーア。化学品・医薬品メーカーでダルムシュタットに本社を構えるメルク社がネーミングライツを購入している。こけら落としは1921年のフライブルガーFCとの試合で、ダルムシュタットが4-1で勝利した。第2次世界大戦後はアメリカ軍の所有物となり、しばらくは野球場として使用されていたが、1950年にダルムシュタットに返還。以降、現在にいたるまで同クラブのホームグラウンドである。

(4)ユリ

ダルムシュタットの愛称は「Lilien(リーリエン)」。Lilienとは「ユリ」を意味する「Lilie(リーリエ)」の複数形で、ダルムシュタット市章にも描かれている。クラブの公式応援ソングにも頻繁にこの単語が登場するなど、ドイツサッカー界で「リーリエン」はダルムシュタットを指す言葉として広く知れ渡っている。

(5)女子テニスプレーヤーも応援

旧ユーゴスラビア(現ボスニア・ヘルツェゴビナ)のトゥズラ出身で、幼少期にドイツへ移住した女子プロテニスプレーヤーのアンドレア・ペトコビッチは、ダルムシュタットに居住しており、同クラブのファンとして知られている。昨年夏、シュスター監督(当時)とTV番組に出演し、「開幕戦でダルムシュタットが負けなければ、スタジアムでソーセージを焼く」と宣言したところ、同クラブは引き分けで90分間の戦いを終了。これにより、ペトコビッチは同年11月末、この公約を果たすことになった。

「ペトコビッチ、公約守る」のニュースはこちら