1989年11月12日、九州は大分県で清武弘嗣が生まれた。2008年から地元の大分トリニータでプロとしてのキャリアをスタートさせたMFは着実に経験を積み上げ、今や所属チームのハノーファーでエース番号10番を背負っている。本稿では26歳の誕生日に際し、お祝いの言葉に代えて清武のブンデスリーガでの歩みを紹介する。

向上心のかたまり

2012年、清武はUー23日本代表としてロンドンオリンピックに出場。そして、この年からブンデスリーガでの挑戦も始まった。即戦力として加入したニュルンベルクで開幕戦からフル出場すると、第2節から3試合連続で計4アシスト、第3節のメンヘングラートバッハ戦では貴重な勝ち越し点がブンデスリーガ初ゴールとなる。清武がボールを扱う際の高い技術はドイツ人の目に「魔法」として映り、「ツァウバーマウス(魔法を使うねずみ)」の愛称もついて人気を集めた。結局このシーズンは11アシスト、4ゴール。セットプレーの名手、日本屈指のゲームメイカーとして強烈なインパクトを残した清武だったが、常々「これが限界だと思っていないので」と話し、現状に満足することはなかった。

逆境に前向き

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ニュルンベルクでの2シーズン目は清武にとって試練の年となった。中心選手として毎試合ピッチに立ち続けたが、クラブを降格の危機から救うことはできなかった。そして翌2014/15シーズン、新天地のハノーファーへと活躍の場を移す。しかし、そこで待ち受けていたのも" 歴史に残る接戦" となった残留争いだった。それでも、清武の「僕たちは常に前を向いてやるしかない」と真っ向から逆境に立ち向かう姿勢は報われる。最終節、残留争い直接対決のフライブルク戦で自ら値千金の先制ゴールを決め、チームはぎりぎりで2部降格を免れた。

頼れるエース

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今季からエースナンバー10番を着けた清武は、PKのキッカーも任されている。中足骨のけがで出遅れたものの「痛いなどと言っていられない」と、第4節に復帰してから第12節まで4アシスト、3ゴールとチームの攻撃を引っ張る。第7節のウォルフスブルク戦で、記念すべきブンデスリーガ出場100試合目に同点ゴールを決めてチームの連敗を止め、第11節のハンブルク戦でも1得点1アシストの大活躍。清武のブンデスリーガ通算アシスト数はこれで34となった。現在リーグに所属している日本人選手の中では堂々の第1位で、2位の香川真司(ドルトムント)の25に大きく差をつけている。

清武の魔法

チームがどんなに劣勢な時間帯でも、ボールを持ったら何かが起こりそうな期待を持たせてくれる清武は、本当に魔法を使えるのかもしれない。前向きで、真剣勝負を心から楽しんでいる姿に憧れて「いつか俺も、ブンデスリーガの10番になる」と、多くのサッカー少年たちがその背中を追いかけていくだろう。