奥寺氏(左)はケルンに加入した1977/78シーズン、ブンデスリーガとDFB杯の二冠に貢献した - © imago / Pfeil
奥寺氏(左)はケルンに加入した1977/78シーズン、ブンデスリーガとDFB杯の二冠に貢献した - © imago / Pfeil
ブンデスリーガ

40年前に海を渡った奥寺康彦〜日本人ブンデスリーガー先駆者の偉業

アイントラハト・フランクフルトの長谷部誠が2月25日、第22節のヘルタ・ベルリン戦でブンデスリーガ通算234試合目の出場を果たし、奥寺康彦の持つ日本人のブンデスリーガ最多出場記録に並んだ。ここで約30年の間、最多出場記録を保持してきた同氏の偉業を振り返る。

奥寺は1977/78シーズンにケルンに加入。日本にプロサッカーリーグ(Jリーグ)が誕生する約15年前に海を渡り、ブンデスリーガはもちろん、ヨーローパのリーグに所属する日本人選手第1号となった。

1977年10月22日のデュイスブルク戦でデビューし、1年目はリーグ20試合に出場した。この年は“わずか”4ゴールを挙げたに過ぎなかったが、この得点がケルンの運命を左右することに。終盤の第32節カイザースラウテルン戦で初ゴールを記録すると、第33節シュトゥットガルト戦でもゴールを挙げ、チームは連勝する。1試合を残し、首位ケルンと2位メンヘングラートバッハ(ボルシアMG)の勝ち点は同46。得失点差は10も離れていたが、何とボルシアMGは最終節でドルトムントに12-0で大勝する。しかし、ケルンは奥寺の2ゴールなどでザンクト・パウリに5-0で勝利。ボルシアMGに得失点3差で競り勝ち、ケルンはブンデスリーガ創設年以来となる2度目の優勝を成し遂げた。残り3試合での奥寺のゴールがなければ、ケルンはこの栄冠には届かなかっただろう。

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長谷部は次節3月5日、日本人最多出場記録を塗り替えるだろう。しかし、日本人として初めてヨーロッパに挑戦し、成功を収めた奥寺康彦の偉業が色褪せることはなく、今後もその歴史は語り継がれていく。

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データは2017年2月25日現在