Summary

  • ドルトムントの新監督にファーブレ氏が就任
  • 今季はフランスのニースを指揮
  • かつてヘルタ・ベルリンやボルシアMGでも手腕を発揮

ドルトムントの新指揮官に就任したルシアン・ファーブレ氏は、かつて低迷していたヘルタ・ベルリンを軌道に乗せ、マーコ・ロイスを成長させ、マークアンドレ・テアシュテーゲンをデビューさせ、メンヘングラートバッハ(ボルシアMG)を欧州カップ戦に導いた監督である。魅力的なサッカーと勝利を両立させている知将について知っておくべき5つの項目を紹介する。

1)チャンスは逃さない

ファーブレ監督はスイスのサン・バルテルミーにある農場で育ったが、「サッカー以外は他に何もなかった。たまに農場の手伝いをしたが、好きなわけではなかった」と述べている。農場の仕事を手伝う代わりに、攻撃的MFとしてローザンヌやヌーシャテル・ザマックスで活躍。セルヴェットでは現バイエルン・ミュンヘン社長のカールハインツ・ルンメニゲとチームメートだった。スイス代表としても24試合に出場。代表デビューを飾った1981年のオランダ戦ではフランク・ライカールト、ルート・フリットと同じピッチに立っていた。

1983年にスイスの年間最優秀選手に選出されたファーブレ監督は、正確無比のスルーパスに加え、先見の明を備えた選手だった。シュトゥットガルトでプレー経験がある元スイス代表DFのリュドビク・マニャンは、父親がファーブレ監督の友人だったこともあり彼のことをよく知っている。「彼は最新の科学知識に沿って練習していた。食事にも気をつけていたよ。チャンスに結びつくことは何一つとして逃さなかった。当時も、そして今もね」

2)レーフ監督のおかげ

1991年の現役引退後は、FCエシャラン(スイス)のU-14チームのアシスタントコーチに就任。当時は指導者としての仕事を続けていくべきかどうか確信がなかったが、監督業は明らかに適任の仕事だった。アマチュアレベルで成功を収めた後はセルヴェットのトップチームの監督に就任し、見事にスイスカップのタイトルを手にしている。

セルヴェットの監督を退いてからは、アーセン・ベンゲル監督やラファエル・ベニテス監督らの戦術を学ぶことに1年を費やした。そして、次に率いたのがチューリッヒ(スイス)だ。チューリッヒは当初、現ドイツ代表のヨアヒム・レーフ監督に就任を要請していたが、レーフ監督が回答を先延ばしにしているうちにファーブレ監督に話が回ってきた。そのチューリッヒではリーグ優勝2回、スイスカップ優勝1回という結果を出し、2007年にヘルタからオファーが届いた。

© gettyimages / Patrik Stollarz

3)苦しみと成果

ファーブレ監督は甘いマスクの持ち主だが、選手たちは彼がスイスのチョコレートのように甘くはないことを知っている。「私のチームでは選手が練習で苦しい思いをする準備をしていなければならない」と語るようにファーブレ監督のトレーニングは厳しいことで有名だ。しかし、厳しい練習を課される選手たちの反応は総じて肯定的なもの。選手の体は悲鳴をあげても、しっかり結果がついてくるからだ。

チューリッヒ時代に若手有望株の一人だったスイス代表MFのブレリム・ジェマイリは、当時のことを次のように語っている。「練習でやった1対1の動きを試合でやってみたらうまくいった。自分でも信じられなかったよ。全員が攻撃に絡んでいたからプレーする喜びがあったし、チームスピリットもあった。ファーブレ監督とまた仕事がしたいね」

4)実力があれば年齢は問わず

ファーブレ監督の下で再び働きたいと思っている選手は彼とともにリーグ連覇を経験したジェマイリだけではないはずだ。若手の登用に躊躇がないファーブレ監督は、ジェマイリが19歳の時にチームのキャプテンに任命。彼はリスクを恐れない監督でもある。

チューリッヒ時代は平均年齢21.5歳のチームでスイスリーグを制した。元スイス代表MFのギョクハン・インレルもその時に教えを受けた一人だ。ボルシアMGを率いていた2011/12シーズンには若き日のマーコ・ロイスを指導し、年間最優秀選手を受賞するほどに成長させた。もっとも、ファーブレ監督が最大の賭けに勝ったのはその前のシーズンだろう。

2011年2月14日、降格の危機に陥っていたボルシアMGを率いることになったファーブレ監督は、GKローガン・バイリーの低調なパフォーマンスに見切りをつけ、ケルンとのダービーマッチで当時18歳のGKを起用。その選手こそ、現在はバルセロナで活躍するマークアンドレ・テアシュテーゲンだった。「若い選手を信頼する私に対して、頭がおかしいという人たちがいる。だが、テアシュテーゲンに関しては、もし信頼していなかったら頭がおかしいと言われただろうね」

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5)悪童バロテッリを手なずける

ボルシアMGを37年ぶりの欧州チャンピオンズリーグ出場に導いた手腕が評価されたファーブレ監督は、2016年夏にクロード・ピュエルの後任としてニース(フランス)の指揮を執ることになった。そこで待っていたのはマリオ・バロテッリとの出会い……ここでファーブレ監督の精神力が試されることになる。

指揮官と時を同じくしてニースにやって来たイタリア人FWは、激しい感情を抑えることができない“悪童”として有名だった。しかし、結果としてこのコンビは成功する。ユルゲン・クロップ監督やロベルト・マンチーニ監督でさえコントロールできなかった野獣をうまく手なずけたのである。

「マリオに対して尊敬の念を持ち、マリオが他の人たちに尊敬の念を持てば、何も難しいことはない。彼はよく練習する。非難する理由はないよ。私は彼に頻繁に自陣に戻るよう、ボールを奪い返すようにと話した。決して怒鳴ったりせずにね」

バロテッリは2シーズン連続で素晴らしいプレーを見せ、ニースは2016/17シーズンを1970年代半ば以来となる3位で終えた。ファーブレ監督のソフトなアプローチが報われた瞬間だった。

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