バイエルン・ミュンヘンへの移籍が間近に迫っているチリ代表MFアルトゥーロ・ビダル(ユベントス/イタリア)について知っておきたい10の事柄で、その人物像に迫ってみよう。

1.コロコロから欧州へ

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1987年、チリの首都サンチアゴ・デ・チレで生まれたアルトゥーロ・エラスモ・ビダル・パルド少年は、彼の叔父からサッカー選手としての才能を見出され、育成された。チリの名門クラブであるコロコロに所属し、19歳ですでに2度の国内優勝を経験したことは、彼にヨーロッパで活躍する目標を抱かせた。

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2.チリ人記録

レーバークーゼンが当時引く手数多だったヤングスター、ビダルの獲得に成功し、2007年〜2011年までの4年契約を結んだ。その4年間でビダルは、117試合に出場し15ゴールを挙げたが、これはブンデスリーガでチリ人が残した記録を、はるかに上回るものだった。そしてこの記録は、これからも更新されて行きそうだ。

3.「世界一」

多数のポジションをこなすビダルは、リベロのポジションを専門としてスタートを切った。その後はボランチとして、さらに攻撃的MFのポジションでゴールゲッターとしても相手に脅威を与え、まれにサイドアタッカーとしてプレーすることもある。とにかく自信に満ち溢れており「僕は世界一のボランチだ。 自分ほど守備ができ、その上、得点を挙げられる選手はいない」と、過去のインタビューで話している。

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4.容赦なし

ビダルがピッチ上に立てば、誰も友だちになりたいと思う人はいない。レーバークーゼンでの4年間で46枚のイエローカード(レッドカード3枚)を、ユベントスでも4年間で53枚のイエローカード(レッドカード1枚)を受けている。ファウルをする側としてだけでなく、レーバークーゼンでの4年目は、ブンデスリーガで最も多くのファウルを受けた選手でもあった。

5.馬が大好き

自分では乗馬をしないビダルだが、多くの馬を所有している。その内の一頭にいたっては、自身の腹部に入れ墨を入れるほどの熱愛ぶりだ。入れ墨についてだが、彼の体には至る所に入れ墨がある。多くは家族にちなんだもので、上腕には母親のジャックリーンさんの顔と、子どもたちの名前が彫られている。

6.セットプレーの名手

ビダルが2011年にユベントスへ移籍してからは、ゴールゲッターとしての危険度に、さらに磨きがかかった。171試合で48ゴールは、中盤の選手として非常に高い確率だ。そして、セットプレーの名手としても、その存在感は絶大だ。 2010/2011シーズンには、レーバークーゼンでセットプレーからリーグトップの13得点を挙げている。

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7.キング・アルトゥーロ

地元チリでは『セリン・パンク』と呼ばれていた。これは、ビダルが大好きなサルサの女王、歌手のセリン・クルスにちなんでいる。あだ名の後半である「パンク」は、もちろん彼の髪型からつけられた。レーバークーゼン時代につけられた『クリーガー(戦士)』というあだ名や『レイ・アルトゥーロ(王様アルトゥーロ)』が、最も定着していると言えるだろう。

8.勝つために生まれてきた

ビダルは母国チリで放送されている"Nacidos para Ganar"(訳:勝つために生まれてきた)というテレビ番組の主役を演じている。5人のチリ代表サッカー選手のドキュメンタリー番組だ。故郷では母親のジャックリーンさんさんがテレビの前で、遠い彼の地で活躍する息子を想っている。

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9.タイトル総なめ

ユベントスでは4年連続でセリエAの優勝を勝ち取った。そして、この夏には南米選手権(コパ・アメリカ)に、開催国のチリ代表として出場。大会中に飲酒運転で事故を起こし、涙の謝罪を行ったビダルだったが、終わってみれば母国をコパ・アメリカ初優勝へ導く、最高の活躍を見せた。

10.小さな相棒

彼のツイッターアカウント@kingarturo23は、2百万人以上にフォローされている。ビダルは頻繁に、ファンへ向かって写真やコメントを発信。休暇中の様子や、チリの女子サッカーについてなど内容は様々だ。その中で一番多くの登場率を誇るのは、お父さんと同じ髪型の息子、フィルス・アロンソくんだ。