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ブンデスリーガ・レジェンド紹介(1):ローター・マテウス

歴代のブンデスリーガの選手においてローター・マテウスほどレジェンドの名にふさわしい人物はいないだろう。ボルシアMGとバイエルン・ミュンヘンで活躍したマテウスは、勝利への強い意志と卓越したスキル、冷静な姿勢で名を馳せ、キャリアを通じて数え切れないほどのトロフィーを獲得。1991年には栄えあるFIFA最優秀選手賞を受賞している。

・氏名:ローター・ヘルベルト・マテウス
・生年月日/出身地:1961年3月21日/ドイツ・エアランゲン
・ブンデスリーガ通算出場数(得点):464試合(121得点)
・在籍クラブ:ボルシアMGバイエルン・ミュンヘン
・代表キャップ数(得点):150試合(23得点)
・獲得タイトル:ブンデスリーガ(84/85、85/86、86/87、93/94、96/97、98/99、99/00)、DFB杯(85/86、97/98、99/00)、UEFAカップ(95/96)、ワールドカップ(90)、欧州選手権(80)
・個人タイトル:欧州年間最優秀選手(90)、FIFA最優秀選手(91)、ドイツ年間最優秀選手(90、99)

バイエルン州エアランゲンで生まれ、後に世界的スターとなるマテウスは、家の近所のヘルツォーゲンアウラハでキャリアの第一歩を踏み出した。ヘルツォーゲンアウラハには8年在籍し、1979年にボルシアMGと初のプロ契約。在籍5シーズンのうち3シーズンはキャプテンも務めた。

1984年にバイエルンへの移籍を果たして馴染みのある土地に戻ると、典型的な万能型MFとしてさらに評価を高めていく。1984/85シーズンからのブンデスリーガ3連覇、1985/86シーズンのドイツサッカー連盟カップ(DFB杯)優勝に貢献し、1988年にはインテル・ミラノに移籍。イタリアでもデビューシーズンにセリエAとイタリア・スーパーカップで優勝を果たし、翌シーズンにはUEFAカップのトロフィーを掲げた。

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1990年に欧州年間最優秀選手賞を受賞すると、1991年にはこの年から創設されたFIFA最優秀選手賞も受賞。1990年のイタリア・ワールドカップでは代表のキャプテンとして母国に3度目の優勝をもたらした。ローマのスタジオ・オリンピコで行われたアルゼンチンとの決勝ではあのディエゴ・マラドーナを完封。試合後にマラドーナが残した「彼は僕の最大のライバル。彼という選手を表すのにはそれで十分だ」というコメントはあまりに有名だ。

マテウスのワールドカップ出場は歴代最多の5回。1980年6月14日から2000年6月20日まで、約20年にわたってドイツ代表としてプレーし、キャップ数はドイツ代表歴代最多の150試合にも及ぶ。高いレベルでこれだけ長くプレーできた要因は、複数のポジションをこなせたこと。マテウスは1992年にバイエルンに復帰するとリベロへ転身、“皇帝”フランツ・ベッケンバウアーと同じポジションでプレーした。

2度目のバイエルン在籍時には4度のブンデスリーガ制覇と2度のDFB杯優勝を経験。キャリア晩年には米国のメトロスターズでも短期間プレーした。2001年に現役を退いた後は監督業も務め、現在はドイツのテレビ番組で毎週ブンデスリーガの解説を担当している。