サッカー選手が移籍した際に新チームでの背番号が何番になるのか、多かれ少なかれ話題になるものだ。しかし、ブンデスリーガで各選手の背番号が固定されたのは、それほど昔の話ではない。1995年8月11日、デュッセルドルフのリチャード・シロンが開始2分、敵地ブレーメンで同シーズンのオープニングゴールを決めると、スタジアムでは「ゴールを決めたのは背番号26」とアナウンスされた。現在のスタジアムではおなじみのシーンだが、当時はとても新鮮だった。

それから21年が経ち、現在は多くのプロ選手にとって背番号はトレードマークの一つとなっている。例えば、元ドイツ代表のミヒャエル・バラックは「13」に執着したがために、チームメイトと衝突しそうになった。レーバークーゼンバイエルン・ミュンヘンでの活躍を経て、2006年にチェルシー(イングランド)へ移籍。当時、13番はウィリアム・ギャラスがつけていたのだが、新加入のバラックにこの番号が与えられた(※)。

(※)ギャラスはその後、アーセナルへ移籍 

2007/08シーズン、バイエルンからカールスルーエに移籍したアンドレアス・ゲルリッツは背番号「77」をつけた。これはブンデスリーガ史上、最大の数字となっている。自身が現在でも所属しているロックバンド、「Room 77」の名前にちなんだとのことだ。元フランス代表のビセンテ・リザラズが2回目のバイエルン時代にまとった背番号は「69」で、理由は至ってシンプル。リザラズの身長は169cmで、体重は69kg。しかも1969年生まれだった。

思い通りにいかなかった例もある。マイク・フランツは2001年にウォルフスブルクに加入した際、「6」を希望した。しかし、すでにクラウス・トムセンがこの番号をつけていたため、フランツは「33」に。本人は「『6』がよかったが使われていたので、『3×3』で『6』にした」と言っていたが、それなら「9」のはずだが……。

2011/12シーズンからは40以上の数字の使用は基本的に禁止されている。それでも例外も認められており、レーバークーゼンのケビン・カンプルは「44」を選択。今シーズンの開幕節に出場した選手の中では一番大きな数字だった。

今シーズン、最も大きな数字を背負うことになるのはマインツの47番、フィリップ・クレメント。23歳の同選手は同クラブのセカンドチーム(3部所属)でプレーする際には、10番をつけている。