Summary

・酒井が主将のハンブルク対ブレーメン、ブンデスリーガ第12節で激突

・北ドイツの覇権を争う「北部ダービー」、今回が105回目

・カンフーキックやユニフォーム変更事件など、これまでの出来事をプレーバック

大迫勇也が所属するケルンメンヘングラートバッハ(ボルシアMG)のラインダービー、香川真司が所属するドルトムントと内田篤人のシャルケによるルールダービーなど、ブンデスリーガにも多くの“因縁の対決”が存在している。そして、来たる11月26日、ブンデスリーガ第12節では、酒井高徳が所属するハンブルガーSVブレーメンとの「北部ダービー」を行う予定だ。

現在ハンブルクは最下位、そしてブレーメンも16位に沈んでおり、順位表と照らし合わせれば、この試合はあまり重要には見えないかもしれない。しかし今回で105回目を数える同ダービーは両クラブにとって、北ドイツの覇権を争うことを意味する大事な一戦である。

そこで本稿では、過去に行われた北部ダービーの中でも特に話題を呼んだ試合をプレーバック。以下に紹介していく。

2008年5月7日:ハンブルク 0-1 ブレーメン

この試合では後世に語り継がれる伝説のキックが生まれた。しかし「キック」といっても、目の覚めるようなシュートから得点が生まれたわけではない。この試合中、ブレーメンの守護神ティム・ビーゼがボールをクリアしようと足を伸ばしたところに、ハンブルクのイビチャ・オリッチが突進。不運にもビーゼの足が、オリッチの顔面に直撃してしまった。幸い同選手は大事に至らず、プレー続行が可能だったが、この一連の流れは「ビーゼのカンフーキック」として、今もたびたび取り上げられている。

2004年5月1日:ブレーメン 6-0 ハンブルク

2003/04シーズン第31節、ブレーメンが北部ダービー歴代最多得点差で勝利。これで勢いづいたブレーメンは同シーズン見事にリーグ優勝を勝ち取り、21年ぶりにマイスターシャーレを奪還した。なお、この試合ではブレーメン前監督のビクトール・スクリプニク氏、ウォルフスブルク現指揮官バレリアン・イスマエル監督らがブレーメンの選手としてプレーしていた。

1993年5月29日:ブレーメン 5-0 ハンブルク

前節まで得失点差で首位バイエルン・ミュンヘンを追いかける2位に位置していたブレーメンだったが、この大勝により第33節でついに首位へ浮上。最終節も勝利し、バイエルンと勝ち点差1で1987/88シーズン以来のブンデスリーガ優勝となった。

1983年1月29日:ブレーメン 3-2 ハンブルク

黄金期を築いていたハンブルクは、当時のブンデスリーガ最長となる36戦無敗を守っていたが、宿敵ブレーメンに敗れたことで、同記録がストップしてしまった。しかしこれは、2014年4月にバイエルンが53試合負けなしの記録を作るまで、30年以上も破られることはなかった。

1971年11月27日:ハンブルク 2-1 ブレーメン

主審のワルター・エシュバイラー氏がハーフタイムに下した決断は、現在も語り草となっている。この試合、両クラブのユニフォームが似ており、「ジャッジに困る」と考えていた同主審は、アウェー側のブレーメンにユニフォームの変更を命じた。しかし、ブレーメン側は代替ユニフォームを持参しておらず、するとエシュバイラー主審は、ブレーメンの選手にハンブルクのセカンドユニフォームを着るよう命令。ユニフォームの色こそ違ったものの、後半はピッチ上の選手全員の胸にハンブルクのロゴが書かれているという、大変奇妙な光景が広がった。ブレーメンにとっては、敗戦以上にクラブのプライドを傷付けられた、苦い思い出である。