2006年から1.FCケルンの育成部門GKコーチを務める田口哲雄さんにインタビューを行った - © © imago / Chai v.d.Laage
2006年から1.FCケルンの育成部門GKコーチを務める田口哲雄さんにインタビューを行った - © © imago / Chai v.d.Laage

ブンデスリーガで働く日本人(1)田口哲雄GKコーチ<後編>

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ブンデスリーガの名門1.FCケルンにはコーチとして働く日本人がいる。U−21および育成部門のGKコーチを務め、リオデジャネイロ・オリンピック銀メダリストのティモ・ホーンを育てた田口哲雄さんだ。若くしてドイツに渡り、ブンデスリーガで活躍する田口さんに現在の仕事や選手育成のノウハウ、今後のビジョンなどについて話をうかがった。

「できるだけ自分たちで長く選手を育てていきたい」

前編はこちらから

――GK大国ドイツで、しかもブンデスリーガの名門クラブで、コーチの座をキープするのは並大抵のことではないと思います。

田口 選手たちがどんどん上のカテゴリーに昇格しているので、僕が良い仕事をしているように思われているだけです。例えば100グラム100円の牛肉を三ツ星レストランのシェフが調理した場合と、100グラム1万円の松坂牛を一般家庭の主婦が調理した場合、僕は主婦が焼いた松坂牛ステーキのほうが美味しいと思うんです。言い換えれば、指導者は選手の素材やクオリティーに左右されるということです。僕のところには、たまたまクオリティーの高い子どもたちがたくさんいて、素材が良かったからうまくいっただけかもしれない。実際のところ、指導者の仕事は客観的な比較ができないので分からないですよ。ただ、ある選手がゴールを量産するのは、アシストをしてくれる周りの選手のクオリティーにも必ず左右される。GKもディフェンス陣の組織がどれだけうまくいっているかによって、最後の失点の仕方やその印象が変わってくる。だから、あまりかいかぶり過ぎてもいけません。一つだけ言えるのは、明らかに間違った仕事はしていないということですね。僕が明らかに間違った仕事をしていたとすれば、これだけの数のGKが上のカテゴリーに上がることはなかったと思うので……。

――今季序盤にホーン選手がひざの手術を受け、しばらく第2GKのトーマス・ケスラー選手がゴールマウスを守っていました。GKはレギュラーの座が1枠しかない、特殊なポジションです。

田口 うちのクラブはGK3人の仲が良いんですよ。GK同士で妬みや恨みが全くない。珍しいとは思いますが、GKコーチも含めて何かあったら皆でご飯を食べに行ったり、誰かのお祝いをしたりもします。ケスラーはケルンの下部組織出身で、ティモの7歳年上です。でも先輩のケスラーがティモに敬意を示し、ティモも自分が正GKであることを鼻に掛けない。そんな2人を第3GKで一番年下のスベンはずっと憧れてきたわけです。そうした選手同士の関係性は、僕らも下のカテゴリーの時から気をつけています。ただ、指導者がどうこう言うよりも、まずは年上の選手が模範的な行動を取ればいいんじゃないかなと。ケルンGK陣は選手も指導者も入れ替わりが少なく、長年知っているメンバーが多いので、コミュニケーションがうまく取れるし、全体が良いハーモニーを保っています。できるだけ自分たちで長く選手を育てていきたい。それがうまく成り立っているんですね。トップチームのGKコーチもケルンの元選手で、僕の師匠の教え子でした。ここでは外から来た人間は僕くらいのもので、同じことをやってきた人たちが、それをずっと受け継いでいるんです。

- © imago / Horstmüller

「ドイツではGKが憧れの対象」

――2014年からケルンに所属する大迫勇也選手とはどのような関係ですか?

田口 たまに一緒にご飯を食べに行きます。ただ、彼自身はチーム内でしっかりコミュニケーションを取っているので、僕が入っていく必要はありません。むしろ、僕が介入しすぎて、彼らのコミュニケーションの機会を妨げないよう気をつけています。もちろん、戦術的なことでドイツ語が分からなければ彼のほうから聞いてきますし、けがや体調に関する微妙なニュアンスをチームに伝えたり、事務手続きをする時などは僕が手伝うこともあります。

――今後、どのようなGKを育てていきたいですか?

田口 GKは基本的には失点を防げればいい。だから、あまり理論でがちがちに固めたくないですね。選手にはそれぞれ身体的特徴があるので、それに見合った最適なスタイルを本人が確立してくれればいい。型にはめず、それぞれの長所を生かしてあげたい。だから、誰かの真似をしろとは言いません。もちろん、理想はマヌエル・ノイアーですよ。でもあんな選手、おそらく後にも先にも出てこないでしょうから(笑)。サッカーの醍醐味はゴールで、攻撃の選手は得点すること、守備の選手は得点させないことが仕事です。その一番の目的を見失ってはいけない。実際、ティモとウニオン・ベルリンでプレーしているメゼンヘーラーのプレースタイルは全く違いますからね。

――個人的な目標や今後のビジョンを教えてください。

田口 トップチームでの仕事は時間的制約が少ないので、いいかなと思います。ユース年代は練習時間が遅いので(笑)。ただ、絶対にトップチームで仕事をしたいかと言われると、そういうわけでもないですし、もともとこれほど長くドイツにいるつもりはなかったので、そろそろ日本に帰りたいというのもあります。欧州では日本のGKの評判はあまり良くありませんが、それはGKに求められる能力に対して身体的特徴が見合っていないからだと思います。ドイツでは黙っていても、190cmになる選手が多いわけで……。そういう意味では日本人GKにはデメリットもありますが、日本のGKを変えていきたいなとは考えています。

- © imago

【プロフィール】
田口哲雄(たぐち てつお)
1976年、埼玉県生まれ。2001年東京外国語大学卒業後、渡独。2006年からケルンの育成部門GKコーチとして働き始め、現在はU−21チームのコーチングスタッフおよびU−15からU−21のGK育成を担当している