ブンデスリーガ2016/17シーズンの開幕を目前にした木曜日の夜、あるガソリンスタンドで給油をしていたホッフェンハイムのDFニクラス・ズューレに、見覚えのない番号から着信があった。そして、電話口の相手がレーフ氏だと分かると、彼は驚きのあまり給油ホースを落としかけたという。「全く考えたことすらなかった。とんでもないことだったよ」。レーフ氏とはもちろん、ドイツ代表のヨアヒム・レーフ監督で、ホッフェンハイムでプレーする20歳のズューレが初めてドイツ代表に招集されたのだ。

ズューレとっては、興奮の収まらない日々の連続だ。水曜日にはチームメートのジェレミー・トーリヤンとリオ五輪での思い出を語り合っていたばかりだった。リオ五輪のドイツ代表は、7万人の大観衆を集めたマラカナン競技場での決勝で、ネイマール擁する開催国ブラジルに惜しくも屈した。手にした銀メダルは決勝で着たユニフォームとともに、母親が額縁に入れて実家の壁に飾ってくれた。

「ドイツ代表でいろいろなことを吸収したい」

「残念ながらPK戦で敗れてしまったけど、あの決勝は僕らが自分の子どもたちに語り継いでゆく歴史の1ページなんだ。ものすごく大きな出来事だった」。そう語り合った翌日に、レーヴ監督から初招集の知らせが舞い込んだのだ。リオ五輪の決勝からわずか1週間後の日曜日にはライプツィヒとのシーズン初戦を迎え、その翌日にはドイツ代表の合宿に参加するため、休む間もなく電車でデュッセルドルフへ。そこで31日のフィンランドとの親善試合、9月4日にノルウェーで行われるワールドカップ予選に備える。

ライプツィヒ戦の試合終了後はかなり消耗していたが、休むのは代表戦から戻ってきてから。それも1日か2日と考えている。ズューレは若いキャリアの中で波に乗っている “いま” を楽しもうとしているようだ。「次から次へとハイライトがやってくる。可能な限り多くのこと経験し、いろいろなことを吸収していきたい。そして、ドイツ代表でもアピールしていきたい」と声を弾ませた。

慣れ親しんだ環境で次のステップを

9月3日にやっと21歳になるズューレだが、ブンデスリーガでは通算75試合に出場しており、すでに経験豊富なセンターバックだ。2013年、残留争いをするチームの緊急事態を受け、当時の指揮官マルクス・ギスドル氏によってブンデスリーガで起用された。以降、十字じん帯断裂という苦境も乗り越え、ブンデスリーガで最も注目されるセンターバックへと成長を果たすと、リオでも飛び抜けたパフォーマンスを見せ、国際舞台で初めてスポットライトを浴びた。

194センチと長身ながら、高い運動能力とスピードを持ち合わせるズューレについて専門家の間では以前から「次の代表に」との声が多かった。当時ホッフェンハイムの育成責任者であったベルンハルト・ペータース氏は、何年も前に「ズューレのような選手は、着実に進むべき道を切り開いていくだろう」と語っていた。

フランクフルトで生まれ、ロートバイス・バルドルフ、アイントラハト・フランクフルト、ダルムシュタットを経てU16年代からホッフェンハイムで過ごしているズューレ。この夏も彼には各クラブから魅力的なオファーが届いていたが、本人は「次のステップを踏むために」慣れ親しんだ環境を選んだ。そして、その次の一歩も、思いのほか早く実現することになった。

始まったばかりの新シーズンについてズューレは「もし昨季と同じようなことになると思ったら、ここには残っていない。すべてがうまく運べば、僕らには昨季のヘルタくらいの好成績を残す力がある。もちろん、欧州リーグの出場権がマストなどとは言わないけれどね」と語り、ユリアン・ナーゲルスマン監督の下、ホッフェンハイムでの成功を信じている。

近づくドイツ代表デビュー

ライプツィヒとの開幕戦はチームメートとプレーする3週間ぶりの試合となり、相互理解に欠けるところがあった。しかし、ズューレはそれを当たり前のことだと見ている。疲労はたまっているが、キャリアにおける次の大舞台を心待ちにしており、「ほんのわずかでも出場できれば」とフィンランド戦での代表デビューに期待を寄せた。レーフ監督はリオ五輪に参加したズューレ、ユリアン・ブラント(レーバークーゼン)、マックス・マイヤー(シャルケ)の起用を明言しており、デビューを飾る可能性は高そうだ。

デビューが実現すれば、ホッフェンハイムのユース出身選手として初のドイツ代表となる。来るべき瞬間に、ズューレは「ホッフェンハイムにとって素晴らしいことだし、僕にとってはそれ以上のことだよ」と笑顔を見せた。