ホッフェンハイムについて紹介する。

(1)アマチュアからブンデスリーガへ

1990/91シーズンには、まだクライスリーガA(当時8部)に所属するアマチュアクラブに過ぎなかったホッフェンハイム。しかし同シーズンに優勝を果たすと、翌季も1つ上のベツィルクスリーガ(当時7部)でリーグ制覇を成し遂げ、2年連続での昇格となった。その後、15年という時間をかけてブンデスリーガ2部へ到達すると、同リーグ昇格初年で2位に入り、たった1シーズンでドイツのトップリーグへ仲間入りを果たした。

(2)ホップ氏の存在

ドイツのどこにでもあるアマチュアクラブの1つにすぎなかったホッフェンハイムが躍進した理由――。それはディートマー・ホップ氏の存在抜きには語れない。大手ソフトウェア「SAP」の創設者で、少年時代はホッフェンハイムでプレーするFWだったホップ氏は、1989年に同クラブへ巨額の投資を行うことを約束し、クラブの発展に財を投じることを惜しまなかった。2016年のフォーブス誌によれば、ホップ氏が持つ現在の資産は79億アメリカドルと言われている。

(3)スタジアム

1999年、ホップ氏がポケットマネーで5000人収容可能なディートマー・ホップ・シュタディオンを建設。2007年夏にはブンデスリーガ2部へ昇格したことで改築工事が行われ、同スタジアムは6350人の収容が可能となった。しかしホッフェンハイムはその1シーズンでブンデスリーガへの昇格を決めたが、同リーグに参戦するためにはグラウンドが小さすぎたため、2008/09シーズン前半戦は、近郊の町マンハイムにあるカール・ベンツ・シュタディオンを借用している。現在のホームスタジアム、ビアゾル・ラインネッカー・アレーナ(3万150人収容)は2006年末に建設予定が立てられ、2007年5月に着工。2009年1月24日に晴れてオープンとなった。

(4)史上最年少監督

ことし2月、フープ・ステフェンス監督が心臓疾患を理由に辞任したことで、当初は今シーズンから指揮を執る予定だったユリアン・ナーゲルスマン監督が、予定よりも前倒しでホッフェンハイムの指揮官に就任した。28歳という年齢は、ブンデスリーガクラブ歴代監督の中で最年少であり、また全世界のプロスポーツ史を見ても、歴代3位の若さである。もちろんその手腕も見事で、降格危機にあえいでいたホッフェンハイムを瞬時に再建。ナーゲルスマン監督がその座に就いた第21節以降の14試合で勝ち点23を奪い、欧州チャンピオンズリーグ出場権を獲得した上位陣と肩を並べるほどの成績を残している。

ナーゲルスマンの紹介記事はこちら

(5)風光明媚

ホッフェンハイムの本拠地ビアゾル・ラインネッカー・アレーナは、フランクフルトとシュトゥットガルトの中間地点より若干南のジンスハイムという町にある。公共交通機関を利用する場合、多くはマンハイムから鈍行列車で行くことになるが、この道中、ハイデルベルク中央駅からネッカーゲミュント駅までの区間は、電車がネッカー川に沿って走行し、牧歌的な雰囲気を味わうことができる。なお、スタジアムまでは「ジンスハイム中央駅」で下車しシャトルバスを利用するか、「ジンスハイム・ムゼウム/アレーナ」まで行き徒歩で約15分だ。