2008年1月、1人の日本人が海を渡り、ブンデスリーガの舞台へやって来た。当時24歳だった若者の名は長谷部誠。現在アイントラハト・フランクフルトに所属する同選手は2016/17シーズン、ブンデスリーガで10年目を迎える。

ブンデスリーガ優勝

規律を重んじるフェリックス・マガト監督に見出され、2007/08シーズン後半戦からウォルフスブルクへ加入した長谷部は、正式契約から2週間後の第18節ビーレフェルト戦で46分から途中出場し、ドイツでの第1歩を踏み出した。その翌節には初の先発、そしてフル出場を果たし、第30節のレーバークーゼン戦では初得点をマーク。1シーズン目ながら後半戦全17試合のうち16試合でピッチに立ち、早々に主力としての地位を築き上げた。2年目となった2008/09シーズンには、日本人選手としては1977/78シーズンにケルンでプレーしていた奥寺康彦氏以来、31年ぶりとなるブンデスリーガ優勝を達成。ウォルフスブルクの歴史に長谷部の名が刻まれた。

2010年の南アフリカW杯から日本代表キャプテンを務めるようになった長谷部だったが、2013年1月に就任したディーター・ヘッキング監督の構想では右SBが主戦場。本職ボランチとしての出場機会を求め、2013/14シーズンの夏季移籍市場が閉まるぎりぎりのタイミングで、5年半も所属したウォルフスブルクを去り、古豪ニュルンベルクへの移籍を決断した。しかし、冬季キャンプ中に半月板を損傷。また、最終的にチームの2部降格が決定するが、前半戦は13試合連続フル出場を果たしている。

2014/15シーズン、長谷部にとってブンデスリーガ3クラブ目となるフランクフルトに移籍。1年目は出場停止の1試合を除く全33試合に先発し、そのうち26試合でフル出場。今季はアーミン・フェー監督の下で右SBでの起用が多く、チーム自体は下位に沈んでいた。残留争いが本格化した3月上旬に就任したニコ・コバチ監督の下、長谷部はボランチに復帰。強豪との連戦が続いた終盤戦、第32節のダルムシュタットとのダービー戦で値千金の同点弾を挙げ、チームを救った。結局、古巣ニュルンベルクとの入れ替え戦に回ったフランクフルトだったが、合計スコア2-1で勝利し、降格を回避。両試合にフル出場した長谷部は試合後、喜びを爆発させるチームメイトとは対照的に、3年前に自ら降格に関わってしまったニュルンベルクの選手たちを励ます姿が印象的だった。今季でフランクフルトとの契約が切れる予定だったが、ブルーノ・ヒュープナーSDは「マコトはあらゆる点でお手本となる」と長谷部に全幅の信頼を寄せており、契約が延長された。

ブンデスリーガ出場歴代2位

2016年1月30日、長谷部は第19節のアウクスブルク戦で日本人選手2人目となるブンデスリーガ200試合出場を達成した。試合後、「普通にやっていたら、いつの間にかそういう数字になっていた」と本人は振り返った。最多出場の奥寺氏の記録更新について尋ねられると、「プレーしている時代が違うので、簡単に比較もできないと思う。自分は例えその数字を抜いたとしても、奥寺さんのファーストインパクトには敵わない」と、あくまでも先人への敬意を忘れない。ただし数字上はあと21試合ーー(※2016/17シーズン開幕前)。早ければ2016/17シーズンのうちに長谷部が金字塔を打ち立てることになるだろう。