酒井高徳の所属するハンブルガーSVは今夏、アメリカ代表のFWボビー・ウッドをユニオン・ベルリンから獲得した。ハワイ出身で、日本人の母を持つ同選手にインタビューを行い、ブンデスリーガ初挑戦の意気込みを伺った。

——ウッド選手はアメリカのハワイ出身です。他のスポーツの選択肢もあったと思いますが、常にサッカー選手になりたいと思っていたのですか?

ウッド 小さい頃から何かスポーツをやりたかったのですが、それがなぜかサッカーしかなかったんです。アメリカン・フットボールの選択肢はなかった。というのは、母が仕事をしていたので、アメリカン・フットボールの練習場まで送り迎えをできる人がいなかったんです。それで、友達と一緒にサッカーを始め、ラッキーなことに続けることができました。

——ハンブルクとはどのようにコンタクトを取っていたのでしょうか?

ウッド ハンブルクから僕の代理人に連絡があり、興味を示してくれました。クラブは僕の成長を追っていてくれて、それに満足だったようです。その後の監督との話し合いは好感触でした。

——ハンブルクではどのようなことに期待しますか?

ウッド 自分の仕事をし、できる限りの力を出したいと思います。自分の仕事はゴールを挙げることです。それがFWが期待されていることですし、挑戦したいと思います。でも、目標のゴール数を決めて、自分にプレッシャーを与えることはしません。

——ご自身のプレースタイルを表現すると?

ウッド フィジカルが強いです。戦うようにしています。足も速いし、両足でシュート、ドリブルができます。

——今夏のコパ・アメリカで活躍されました。アメリカ代表のユルゲン・クリンスマン監督はこの移籍に関し、何と言っていますか?

ウッド 監督は僕が次のステップへ進んだことを喜んでいます。ハンブルクは素晴らしいクラブだと、僕のためにとても喜んでくれていますよ。

——クリンスマン監督から何を学びましたか?

ウッド 監督は自分を信じ、メンタル面で不安を持ってはいけないと言います。全ては己の手の中にあり、他人に何かをさせてはいけないと。

——ハンブルクでの準備期間はいかがでしょうか?

ウッド まだチームに合流して1週間です。その前はロサンゼルス・ギャラクシーで1日2回のトレーニングを行っていました。毎年、夏にはそこに行って、とても良い感じなんです。

——新居探しはいかがですか?

ウッド 彼女が家を見つけてくれました。今は、ベルリンから荷物が運ばれてくるのを待っているところです。

「山あり谷あり」

——ウッド選手がドイツに来られたのは9年前のことです。1860ミュンヘンの下部組織に所属していましたが、最初は大変だったのではないでしょうか?

ウッド 家から遠いところにやってきて、最初はとても大変でした。ホームシックになりましたが、いろいろなことを学びながら、乗り越えました。1860ミュンヘンでは僕のような境遇の選手は珍しかったんです。山あり、谷ありでしたが、1860ミュンヘンでプロサッカー選手になる最初のチャンスをつかみました。だから感謝しています。いろいろなことを犠牲にしましたが、今、僕はブンデスリーガの選手になりました。これが僕の目標だったんです。

——ブルーノ・ラバディア監督はウッド選手をFWの位置に考えています。ウッド選手のスピードならウィングでもやっていけるのはないでしょうか? ご自身のお考えは?

ウッド 僕はあまりウィングでプレーしたことはありません。CFですが、2列目もいけます。ユーティリティーですよ。

——FWにはピエールミシェル・ラソッガという競争相手がいます。

ウッド 彼はすでにブンデスリーガでゴールを挙げられることを見せつけています。先ほども言ったように、僕は自分の仕事をやるだけです。ポジション争いはどのチームにも存在します。僕はすでにさまざまなタイプのFWとプレーしてきましたが、彼とFWで一緒にプレーするのは何の問題もないでしょう。