ブンデスリーガ1部では現在、8クラブ、合わせて10人の日本人選手が活躍している。彼らが敵、味方に分かれて対戦する試合は注目を集め、選手たち自身も勝利へのモチベーションを一段と高めているものの、今や「日本人対決」は”珍しいもの” ではなくなった。このことは1983年11月5日を知る皆さんにとって、何度も目をこすりたくなるような情景かも知れない。32年前のきょう、ブンデスリーガ1983/1984シーズン第13節で、奥寺康彦氏の所属するブレーメンが、ドイツ1年目のFW尾崎加寿夫氏を有するビーレフェルトと敵地で対戦し、史上初めてのブンデスリーガ日本人対決が実現したのだった。

8シーズン目の奥寺氏、新風の尾崎氏

以前の「きょうは何の日?」でもご紹介したように、 1977年から”先駆者”としてブンデスリーガで活躍していた奥寺氏は、この初の日本人対決が実現した当時、31歳。ドイツではすでに8シーズン目を数えていた。MFとしての印象が強い奥寺氏だが、ケルンからヘルタを経由して移籍したブレーメンでは、闘将オットー・レーハーゲル監督の下でDFとしても才能 を見い出されていた。

そこへ現れたのがFW尾崎加寿夫氏だ。三菱重工からビーレフェルトに移籍を果たし、ブンデスリーガ 二人目の日本人となった23歳の尾崎氏は、その度胸と得点感覚を発揮し、デビュー戦となったシーズンの開幕戦でゴールを決めてレギュラーに定着。第13節 まで3得点という上々のスタートを切っていた。

ブンデスリーガの酸いも甘いも経験してきた奥寺氏と、新風の尾崎氏はこの 日、そろって先発に名を連ねた。試合開始直後の4分にビーレフェルトが先制するが、その後は両者譲らない展開で、奥寺氏が尾崎氏へ激しいタックルを浴びせる場面もあった。しかし56分、ビーレフェルトが追加点を入れ、勝利を決めている。尾崎氏は71分までプレーし、奥寺氏はフル出場した。なお、リーグ後半戦での再戦では両氏ともフル出場。奥寺氏のブレーメンが3-0と勝利して、しっかりと借りを返している。

受け継がれる情熱

サッカー日本代表が初めてのワールドカップ 出場を果たす15年も前、日本ではサッカーが注目を集めることの少なかった当時は、二人のサムライがブンデスリーガを舞台に凌ぎを削っていたことを知る手段も少なかったという。サッカー人気も高まり、インターネットや衛星放送で簡単に海外の情報が入手できる昨今。時代は大きく変わったが、日本から遠く離れた異国でプレーする選手たちの情熱は変わらない。ブンデスリーガの日本人対決では、これからも多くのドラマが生まれるだろう。