FW岡崎慎司が抜けた2015年夏、マインツにとって前線の補強は至上命題だった。そこに現れたのは、岡崎と同じ極東からの“新星”武藤嘉紀。当初はサイドアタッカーとしての起用が見込まれていた同選手は、マーティン・シュミット監督にその得点能力を買われ、今や同クラブの1トップに君臨。渡独1年目ながら、トップ下のユヌス・マリとともにゴールを量産している。そんな武藤について、改めて知っておきたい10項目を以下にまとめた。

1.サッカーとの出会い

4歳の時に地元クラブ「バディSC」に入団しサッカーを始める。その後、同クラブに在籍しながらFC東京のサッカースクールにも通い出し、中学進学と同時期にFC東京Uー15深川に移籍。プロクラブの下部組織で、日々鍛錬を続けた。

2.トップチーム昇格を固辞

高校入学時にFC東京Uー15から同Uー18へ順調に昇格し、その屈強なフィジカルとボール運びのうまさからSBにコンバートされることもあったが、前線の選手としてプレーすることを直訴。攻撃的なポジションでさらに腕を磨いた武藤にはトップチーム昇格の話も舞い込んだ。しかし当時はプロでやっていける自信がなく、これを固辞し、大学サッカーで再び鍛え上げる道を選択している。

3.大学サッカー

慶應義塾大学ではソッカー部に所属し、1年生ながら試合でゴールを決め続けた。その後、ひざの半月板を損傷するが、離脱していた時期に上半身を中心に肉体を強化。もともと強かったフィジカル能力がさらに向上し、一回り大きくなってカムバックを果たすと、同部の主力として活躍し、大学2年時には古巣FC東京に特別指定選手として登録された。

4.Jリーグデビュー

2013年7月、FC東京の特別指定選手としてJ1リーグ第14節、ホームでのサンフレッチェ広島戦に出場し、Jリーグデビューを果たす。その後、トップチームで試合に出ることはなく、慶大ソッカー部との掛け持ちを続けるが、須田芳正監督の理解もあったおかげで円満退部。2014年からFC東京とプロ契約を交わし、開幕先発出場を成し遂げた。

5.日本代表へ

若きFWの存在は当時日本代表監督を務めていたハビエル・アギーレ氏の目にも留まることに。2014年9月、ウルグアイ戦で同代表にデビューすると、その4日後のベネズエラ戦で初得点をマークした。その後、アギーレ氏からバヒド・ハリルホジッチ監督に指揮官が交代するも、コンスタントに招集され続け、日の丸を背負う集団の中に武藤の姿があるのは当然のことになった。

6.新人記録

2014年のJ1リーグで武藤は13得点を奪い、当時チームメートだった渡邉千真が横浜F・マリノス時代に築いた新人最多得点記録に並んだ。また、史上3人目となるプロ1年目でのJ1ベストイレブンにも選出。一気にスターダムの階段を駆け上がっていった。

7.海外挑戦

早くから武藤の獲得に熱心だったマインツは、同クラブのスポーツディレクターであるクリスティアン・ハイデル氏を日帰りで東京に送り直談判。その熱意に打たれた武藤は他クラブの誘いを断り、マインツへの入団を決意した。そしてプロデビューからわずか1年半、多くの日本人選手が活躍するブンデスリーガへと活躍の場を移し、入団会見には異例ともいえるスーツ姿で登場している。

8.公式戦初ゴール

8月9日のドイツサッカー連盟カップ(DFB杯)、その翌週のブンデスリーガ開幕戦では、いずれも70分過ぎからの出場となったが、第2節メンヘングラートバッハ(ボルシアMG)戦で公式戦初先発を飾った。この試合では数回やってきたビッグチャンスを外してしまうも、続く第3節で再び先発起用されると、公式戦初ゴールを含む2得点を決め、指揮官の期待に見事応えてみせた。

9.日本人2人目の快挙

圧巻だったのは10月31日に開催されたブンデスリーガ第11節アウクスブルク戦。19分の先制点を皮切りに30分にもチーム2点目を決め、マインツが2−3と逆転されて迎えた後半ロスタイムにもゴールを奪い、ブンデスリーガにおける日本人としては2006年12月の高原直泰(当時アイントラハト・フランクフルト)以来2人目となる、1試合3ゴールの大記録を作っている。

10.ドイツでの生活

マインツ入団当初からクラブだけでなく街にも早速なじんだ武藤は、当サイトとのインタビューでその居心地の良さを語ってくれた。詳細はこちらから。