香川真司が所属するドルトムントというクラブはいかにして、ドイツ国内そして欧州のサッカー界でも確固たる地位を築くことができたのか。なぜホームゲームの度にスタジアムへ8万人を超えるファンを集め、人々を熱狂させているのか――3月5日に行われるバイエルン・ミュンヘンとの「デア・クラシカー」を前に、“黒と黄色”ことボルシア・ドルトムントの神話を紐解くため、同クラブ歴史文書を管理しているゲルト・コルベ氏にお話しを伺った。

1900年頃のサッカーといえば、カトリック教会に属する若者たちが日曜日の余暇を楽しむためのスポーツに過ぎなかった。しかし、ドルトムント北部の教会で世話人をしていたデバルトという人物は、「足ぐせが悪い」とサッカーを嫌っていたという。「ゴールを作るための資材が盗まれたり、切断されてしまったりしたそうですよ。若者たちにサッカーをさせないためにね」とコルベ氏は語る。

しかし、この嫌がらせが逆に彼らを燃え上がらせた。1909年、18人の男たちはカトリック教会から独立した形で「サッカークラブ・ボルシア」を設立。同氏によれば「この一連の出来事こそ、正にクラブのキャラクターとなっているのです。『何でもハイ、ハイと言われたことを聞き入れるわけにはいかない。俺たちは俺たちの道を行くんだ』というね」と、その背景が今もクラブに強い仲間意識を持たせている理由だという。

それ以降1950年代の2連覇など、獲得した優勝カップや多くの成功でクラブの神話は語り継がれてきた。しかし、ドルトムントというクラブはむしろ苦難を乗り越えることで、繁栄の礎をより強固なものにしている。コルベ氏の言葉を借りれば、1972年の2部降格から「灰の中から不死鳥のごとく復活」したのがドルトムントであり、1986年の入れ替え戦で“コブラ”の愛称を持つユルゲン・ベックマン氏が土壇場でゴールを決め、降格の危機を救ったことこそ、同クラブを象徴する出来事なのだ。

ベックマン氏は今日においても、ドルトムントファンから勝利のシンボルとして崇拝されているが、コルベ氏は現会長ラインハート・ラオバル博士についても「神話の中で最も欠かすことのできない」人物に挙げた。1979年、1986年と、沈みかけた船“ドルトムント号”を救った同会長は、2005年にクラブが財政難に直面し、存続の危機に見舞われていた際にも、首の皮1枚の状態から見事蘇らせている。現在あるドルトムントの姿は、ラオバル会長の功績なくして語ることは決してできない。

そしてもう1人、ユルゲン・クロップ氏の名前もドルトムント神話の中にしっかりと刻みこまれている。2008年から7シーズン指揮官を務め、2012年にはクラブ史上初の2冠を達成。「クロップ前監督は実直で反骨心があり、我が道を求め続けるキャラクターを持っていた。彼の性格はクラブの歴史そのものを現していた」とコルベ氏は話してくれた。

そのクロップ監督も昨季限りでクラブを去り、現在はトーマス・トゥヘル監督がチームを率いている。トゥヘル監督は今季、就任初シーズンながら申し分のない成績を残しており、特に今回決戦の舞台となるホームでは10勝1分といまだ無敗だ。リーグ屈指の戦術家として知られる同氏は、バイエルン戦へ向けてどのような策を用意しているのだろうか。