酒井高徳の所属するハンブルガーSVは7月21日、バルセロナ(スペイン)からアレン・ハリロビッチを獲得した。クロアチアのメッシと呼ばれる20歳の同選手について紹介する。 

(1)最年少記録

1996年6月18日、クロアチアのドブロブニク生まれ。父親セヤドは強豪デュナモ・ザグレブの元選手で、アレンも同クラブの下部組織でサッカーを始めた。2012年9月29日、16歳101日でクロアチア1部リーグのデビューを果たし、同クラブと同リーグの史上最年少出場記録をつくる。そのわずか1週間後にはスラベン・ベルボ戦で最年少ゴールを挙げた。欧州チャンピオンズリーグ(CL)には同大会史上2番目の若さ(16歳128日)で初出場。2013年6月10日、17歳になる直前に最年少でクロアチア代表デビューを飾った。

(2)バルセロナへ

2014年、100年に一人の逸材の獲得にFCバルセロナ(スペイン)が動いた。ハリロビッチは同セカンドチームで29試合に出場し、4ゴールをマーク。しかし、トップチームではスペイン国王杯でたった一度の出場となった。

(3)レンタル移籍を踏み台に

リーガ・エスパニョーラでの出場機会を求め、2015/16シーズンにスポルティング・デ・ヒホンに期限付きで移籍をする。そこでリーグ36試合に出場し、3得点5アシストをマーク。クラブの1部残留に大きく貢献した。

(4)ニックネーム

1年間の期限付き移籍だったにもかかわらず、ハリロビッチは熱狂的なヒホンのサポーターから愛された。その証拠に、同クラブ出身のスター、ダビド・ビジャの愛称「エル・グアッヘ(El Guaje、少年)」にならい、ハリロビッチには「Guajlilovic(グアリロビッチ)」というニックネームがつけられた。

(5)EUROメンバー、落選

リーガ・エスパニョーラで安定したパフォーマンスを見せたものの、2016年の欧州選手権(EURO)のクロアチア代表には選ばれなかった。アンテ・チャチッチ監督は、「ハリロビッチよりもアンテ・チョリッチとマーコ・ログの方が控え選手としての役割に対応できると思った」と説明している。同大会、クロアチアは準々決勝でポルトガルに敗れた。

(6)ハンブルクへ

今夏、EURO出場はかなわなかったが、ハンブルガーSVと4年契約を結び、新な挑戦をすることになった。「バルセロナでは素晴らしい経験をした。ヒホンではほぼ毎試合に出場し、大きな成長をすることができた。僕はまだ20歳だけど、リーガ・エスパニョーラにおいては特に多くの経験がある。そして今、ブンデスリーガにやってきた。ハンブルクはビッグクラブで、素晴らしいサポーターがいて、最高の雰囲気の大きなスタジアムがある 」と胸を躍らせている。

(7)ファンデアファートの背番号

ハンブルクでの番号は「23」に決定した。これは、2014/15シーズンまで同クラブで152試合に出場し、45得点39アシストを記録したラファエル・ファンデアファートがつけていた番号だ。ハリロビッチは「クラブにとって大切な番号なのかもしれない。それがどんな意味をするのか分かっているし、常に自分のベストを尽くせるように頑張るよ」と思いを語っている。

(8)クロアチアの102人目

ハリロビッチはクロアチア国籍の102人目のブンデスリーガーで、ハンブルクでは12人目となる。「(ハンブルク在籍経験のある)ミラン・バデリやイビチャ・オリッチ、エミル・スパヒッチとたくさん話した。彼らがハンブルクはドイツでバイエルン、ドルトムントに次ぐビッグクラブだと教えてくれた。スパヒッチと同じチームでプレーできることがうれしい。彼が助けてくれるだろうから、僕がここで慣れるまでの時間も短縮できるだろう」と同郷の先輩を頼りにしている。

(9)ゲームメーカー

ハリロビッチのお気に入りのポジションは、ゲームメーカーとなる中央の位置。ブルーノ・ラバディア監督もこのポジションで同選手を起用するつもりのようだ。それ以外に、攻撃的な右サイドでも力を存分に発揮する。ヘディングも強いが、何よりも左足から繰り出されるシュートに注目だ。

(10)直感

ハンブルクのディートマー・バイヤースドーファーCEOは、「彼は感じて動く選手だ。彼は状況を感じ、試合を感じる。彼はよく勘を信じ、それを好む。それとともに、その抜きん出たサッカーの才能により、観客が見てワクワクする選手になるだろうし、その能力によってチームを強くしてくれるだろう」とハリロビッチの活躍を確信している。