アイントラハト・フランクフルトに所属するアレクサンダー・マイヤーは今季前半戦からゴールを量産し、得点王争いを牽引している。第22節でバイエルン・ミュンヘンのアリエン・ロッベンに得点ランキングトップの座を明け渡したが、第23節と第24節でそれぞれ2ゴールを挙げ、再び首位に返り咲いた。今季も残り10試合となり、ますます白熱する得点王争い。その第一候補とも言えるマイヤーに関する10の事柄を紹介する。

1983年1月17日、ドイツのニーダーザクセン州、ブーフホルツ生まれ。子どものころは地元クラブでプレーし、1995年からハンブルクのユースチームに所属。ハンブルクから期限付きでザンクト・パウリに移籍していた2002年4月、19歳でブンデスリーガデビューを果たす。対戦相手は奇しくもハンブルクだった。2003年にはハンブルクに戻るが、その1年後にフランクフルト(当時2部)へ移籍する。

フランクフルトでの1年目、マイヤーの活躍もありチームは1部昇格を決める。しかし、2010/11シーズンを17位で終え、再び2部降格が決定。マイヤーは「クラブは自分の調子が良くないときでも自分を必要としてくれた。だから、フランクフルトに残ってできる限り早く1部へ昇格できるように努めるのが自分にとって至極当然のことだ」と他クラブからのオファーを断り、プロ選手として2度目のチャンスをくれたチームに恩返しすべくチームへの残留を表明した。

その言葉どおり、2011/12シーズンでは31試合に出場し、17ゴールを挙げたマイヤー。チームの優勝に貢献し、1年でブンデスリーガ復帰となった。この頃からマイヤーはサポーターに「サッカーの神様」(Fußballgott)と呼ばれるようになる。1部に戻った翌シーズンも勢いは止まらず、16得点をマーク。チームは6位に入って欧州リーグの出場権を手にした。

しかし、2013/14シーズンのフランクフルトはリーグ戦も欧州リーグでも不調に陥り、降格圏とわずか9ポイント差の13位でフィニッシュ。2014/15シーズンはトーマス・シャーフ監督を迎えて新体制になると、マイヤーは開幕から3試合をベンチで過ごすことに。それでも、今夏加入したばかりでレギュラーの座を獲得したバルデスが負傷したこともあり、マイヤーは再びスターティングメンバーに返り咲く。

今季、初先発となった第4節のシャルケ戦でマイヤーは得点を挙げ、シャーフ監督の信頼を得るとそれ以降もゴールを量産。3月8日のケルン戦(第24節)で今季18ゴール目をマークし、自身の年間最多得点数を更新した。1992/93、1993/94シーズンに得点王に輝いたアンソニー・イェボア以来となる21年ぶりの得点王の誕生をフランクフルトサポーターは期待している。

ケルンやフランクフルトに所属した元GKマルクス・プレールは言う。「なぜ彼が勝てるかって?アレックスはどこにいるべきかを分かっているし、嗅覚があるんだ。それに気を抜くことがない。時々、彼に気づかないうちにゴールを奪われることだってある」とエクスプレス紙のインタビューに答えている。また、「彼に洗面用具入れをプレゼントしたんだ。それからだよ、彼がどんどん良くなったのは」とも付け加えている。

もしかしたらプレールが贈った洗面用具入れはマイヤーのロッカーの中に入っている唯一のブランド品かもしれない。マイヤーは他の多くのサッカー選手とは違い、贅沢志向ではない。散髪やスタイリングをするのも時々。フランクフルトの栄養士には大きな声では言えないが、ケバブとコーラが大好き。「自分のことをスターだとは思っていないよ」と言うマイヤーだが、「プロフェッショナルではありたいと思っている。だから、自分の生活の中できる限り良いコンディションをキープするように心がけている」と話している。

マイヤーはすでにフランクフルト歴代選手の中で4位の得点数を記録している。彼のボールの蹴り方、右足のインステップキックは子どもの頃に繰り返した練習どおりのものだ。「お父さんがシュートの仕方を教えてくれたんだ。ロジャー・フェデラー(テニス選手)はすでに完璧なのに、何度も何度もフォアハンドの練習をしている。僕も常に練習をしてきた」とベテランの域に達した今でも練習に余念がない。

ピッチから離れると、地元の方言に慣れる努力はあまりしていないようだ。というのも、ビルト紙のインタビューで「ヘッセン(フランクフルトが所在する州)の方言は一言も分からなんだ」と認めている。

マイヤーはU−21ドイツ代表に招集されたことはあるが、A代表の経験はまだない。現在32歳。初招集へのうわさが出ても全く気にせず、「僕にとって最重要項目ではない。現実的に考えて他にもっと良い選手がいるわけだし、自分はいつも自分の道を行くだけだ」と言及している。