注目は“シンジ対決”、そして指揮官6度目の凱旋

9月20日、ブンデスリーガ第4節でマインツドルトムントが開催される。前節、同リーグ所属日本人の通算最多得点で奥寺康彦氏を抜き、単独トップに躍り出たと、古巣へカムバックし、本拠ジグナル・イドゥナ・パークで早速ゴールを決めたの“シンジ対決”にはドイツ国内でも注目が集まっているが、両クラブの対決を語る上で避けて通れない人物がいる。ユルゲン・クロップ監督、その人だ。

まだ現役だった1990年、3部から2部への昇格を果たしたマインツへ加入すると、それから引退するまでの11年間を同クラブへささげ、2001/02シーズン途中からは指揮官に就任。2004年にクラブ史上初のブンデスリーガ昇格達成という偉業だけでなく、テクニカルゾーンで感情を爆発させる熱血漢ぶりが話題となり、“マインツ=クロップ”という図式がドイツ国内でも認識され始めた。

しかし初昇格から3シーズン後、マインツを再び2部へと降格させてしまい、さらには『1年でのブンデスリーガ復帰』という公約を達成できず、同クラブから提示された契約延長の申し出を固辞。サポーターに「私の心はいつもここにある」という言葉を残し、18年間にわたって在籍した“マイホーム”を離れることになった。そしてその翌シーズン、クロップ監督はドルトムントを新たな就職先に選んでいる。

ブンデスリーガの中でもビッグクラブに数えられるドルトムントは、選手層や資金面でマインツとは一線を画す。クロップ監督が標榜し、現在ではその代名詞となった『ゲーゲンプレッング』がチームへ浸透するにつれ、同クラブは成功への階段を着実に上っていったのだった。

しかし、同監督が成功を成し遂げるであろうことは、マインツ指揮官時代から散見されていた。監督業の傍らドイツ国営第二放送局でサッカー解説を務めていた2006年、自国開催のワールドカップ中継でボードを用いて戦術を解析。現在のサッカー中継では当たり前となっているこの戦術ボードを用いた解説は、当時、斬新な手法として周囲から高く評価され、クロップ監督はその年の『最優秀スポーツ番組賞』を受賞している。同監督が披露した、視聴者に分かりやすい切り口とウィットに富んだ説明は、指導者に必要な『伝達』と『人心掌握』を彼がすでに持っていることの証明に他ならなかった。

ブンデスリーガ優勝を果たし、クラブ史上初の国内2冠も達成。そして欧州チャンピオンズリーグのファイナリストにもなったクロップ監督は、今や世界的名将の1人になった。しかし「マインツの勝利を心から願っている」と公言し、故郷に思いをはせる同監督の凱旋は、いつでも温かい拍手で迎えられる。マインツファンにとってクロップ監督は今でも「俺たちのクロップ」なのだ。