54年西独代表「ベルンの奇跡」

ドイツサッカー連盟(DFB)と、ブンデスリーガ2部のカイザースラウテルンは6月16日、オットマー・ワルター氏が同日午前に死去したと発表した。89歳だった。

ワルター氏は、9歳で入団した地元のカイザースラウテルンで1951年と53年にドイツ選手権優勝を果たした。50年から56年までは西ドイツ代表として21試合に出場。4歳年上の兄で代表主将のフリッツ・ワルター氏とともに、54年のワールドカップ(W杯)スイス大会にも出場した。FWのオットマー氏は大会5試合で4得点し、西ドイツのW杯初優勝に大きく貢献した。54年7月4日にスイスのベルンで行われた決勝で西ドイツがハンガリーを破ったストーリーは「ベルンの奇跡」というタイトルで映画化され、世界中に知られている。

ニースバッハDFB会長は「ドイツサッカー界にとって悲しい知らせである。オットマー氏はベルンの奇跡を果たしたひとりとして、当時の世代のあこがれとなり、兄の故フリッツ・ワルター氏とともに今後もドイツサッカー史に残る人物」と談話を発表した。カイザースラウテルンのクンツ会長は「個人的にも非常にショック。オットマーの死で、うちのクラブの歴史の一部がなくなった」と悲しみのコメントを出した。カイザースラウテルンでは、観客の入場門は「オットマー・ワルター・トア(TOR)」と名づけられ、またには兄のフリッツ・ワルター氏の名がつけられている。