ウルフ・キルステン氏インタビュー

【ミュンヘン発・bundesliga.de編集部】ワールドカップ決勝に並び、世界中のサッカーファンが熱い視線を注ぐ欧州チャンピオンズリーグ(CL)決勝。ウルフ・キルステン氏は2002年、レーバークーゼンの主力選手としてこの舞台に立ち、そしてスペインの名門レアル・マドリードに敗れた。今回bundesliga.deは、現在でもレーバークーゼンの歴代得点王としての地位を保持する同氏に、当時のCL決勝の雰囲気についてたずねた。


キルステン氏 当時の状況は、現在とは異なっていました。レーバークーゼンは週末にDFB杯決勝でシャルケに2-4で敗れ、その直後の月曜に(CL決勝の行われる)グラスゴーへ飛びました。当時はCL決勝が水曜に行われており、レアル・マドリード戦に向けて準備する時間はほとんどありませんでした。

bundesliga.de 同シーズンのレーバークーゼンは空前の快進撃で3冠のチャンスもあった中で、CL決勝を迎える頃にはすでにブンデスリーガとDFB杯で優勝を逃しているという状況でした。レアル戦を前にした選手の心理状況はどのようなものだったのでしょうか?

キルステン氏 レアル・マドリードが完全に優勝候補と見られていました。ただ、レーバークーゼンも同シーズンのCLでは数チームの強豪を破り、勝ち上がっていました。リバプール(イングランド)と当たった準々決勝、マンチェスター・ユナイテッド(イングランド)との準決勝では、いずれもレーバークーゼンが不利と見られていました。ただ、「調子がよければ、どんなチームにでも勝つことができる」という自信はありました。ですから、相手がレアルでも勝機はあると確信していました。

bundesliga.de グラスゴーで行われた決勝では、キルステン氏自身はベンチスタートとなりました。これを試合前に聞いた時はどのような心境だったのでしょうか?

キルステン氏 本当のことを言うと、それは予想していました。4日前のDFB杯決勝でも途中出場でしたから。オリンピアシュターディオン(ベルリン)ではチーム2点目を決めることができましたが、それでもグラスゴーで先発できるとは思っていませんでした。ただ、だからといって雰囲気を乱すようなこともしませんでした。こういった重要な一戦では、チームの成功がすべてですから。私は65分からの途中出場でしたが、それでも先発したのとまったく同じ気持ちで試合に臨むことができました。残念ながら、得点することはできませんでしたが。

bundesliga.de レーバークーゼンは熱戦の末に1-2で敗れたわけですが、キルステン氏はこの試合をどうご覧になっていたのですか?

キルステン氏 90分通して、両チームは互角の戦いをしていました。もしくはレーバークーゼンが少し上だったと言うこともできるかもしれません。ただ、ウチはチャンスを生かし切ることができず、相手はジネディーヌ・ジダンのボレーシュートで勝利をつかんだわけです。レアルのGKサセル・サンチェスが怪我をしていなかったら、違う結果になっていたかもしれません。当時2番手だったGKイケル・カシージャスが代わりに出場し、素晴らしいセーブをみせましたから。ゴールに立っていたのがサンチェスだったら、もう1点ぐらい入っていたのではないかと思います。

bundesliga.de そこでの敗北をどのように乗り越えたのですか?

キルステン氏 3つのタイトルを取り逃したショックは大きかったですね。その影響は翌シーズンにも現れ、2部降格の危機に瀕したほどでした。数人の主力選手が出て行ったのは事実ですが、それでも上位6チームに入るだけの実力はありました。特に私の場合は、ライム病にかかったことでリーグ戦3試合しか出られず、それで引退することになりましたから、人一倍苦いシーズンでしたね。

bundesliga.de 未だにCL決勝の記念品のようなものは持っていますか?たとえばユニフォームなど。

キルステン氏 いいえ、あんな敗戦の後ではユニフォーム交換をする気にすらなれませんでした。準優勝のメダルもすぐに応援に来ていた息子にプレゼントしました。グラスゴーでの一戦は、私のサッカー人生における最後の大一番となりましたが、残念ながらハッピーエンドとはいきませんでした。

聞き手 フローリアン・ライネケ(Florian Reinecke)