Summary

  • 第33節のライプツィヒ対バイエルンは「4ー5」の乱打戦に
  • ブンデスリーガで9ゴール以上が生まれたのは過去53試合
  • 劇的だった過去の「5ー4」の名勝負を紹介

ブンデスリーガ第33節、2位ライプツィヒと王者バイエルン・ミュンヘンがレッドブル・アレーナで激突し、「これぞリーグ頂上決戦」という戦いを世界に示した。ライプツィヒが84分までに4ー2とリードを奪った時点で勝敗は決したかに思われたが、そこからがバイエルンが王者の底力を発揮する。試合終了までの残り10分間で3ゴールを奪って奇跡的な逆転劇が完成。今シーズン最多、両チーム合わせて9ゴールが生まれた乱打戦はバイエルンの勝利で幕を閉じた。

他国リーグなら一生に一度見られるかどうかのド派手な打ち合い……。しかし、ブンデスリーガでは1963年のリーグ創設以来、実に53試合で9ゴール以上が生まれている。そのうちの14試合にバイエルンが絡んでいるのは余談だが、その53試合のうち特に劇的だった6試合を紹介する。

2014/15シーズン 第21節
レーバークーゼン 4ー5 ウォルフスブルク

ハットトリックを達成しても勝ち点3を獲得できないこともある。ソン・フンミンにとっては、悔しさが残る一戦となった。試合は前半だけでバス・ドストの2得点を含む3ゴールを奪ったアウェーのウォルフルブルクがリードを奪うが、後半に入ってレーバークーゼンが逆襲に転じ、ソン・フンミンの2ゴールで2ー3と追い上げる。その後、ドストとソン・フンミンがそれぞれ追加点を挙げてともにハットトリックを達成。さらにレーバークーゼンはカリム・ベララビの得点でついに4ー4の同点に追いつく。

ところが、レーバークーゼンのエミル・スパヒッチがこの日2枚目のイエローカードを受けて退場。数的優位となったウォルフスブルクは93分、ビエイリーニャのクロスにドストが合わせて乱打戦に決着をつけた。なお、このシーズンのウォルフスブルクはブンデスリーガで2位に食い込むとともに、ドイツサッカー連盟カップ(DFB杯)で優勝を飾っている。

2014/15シーズン 第9節
アイントラハト・フランクフルト 4ー5 シュトゥットガルト

ライプツィヒのティモ・ウェアナーは21歳の若さで5ー4の派手な打ち合いを二度も経験した選手となった。今回のバイエルン戦では2ゴールを決めながら勝利を手にすることができなかったが、3年前の2014年、シュトゥットガルト所属時代は逆の立場だった。

両者が激しく点を取り合う展開となったアイントラハト・フランクフルトとシュトゥットガルトの一戦は、65分の時点でフランクフルトが4ー3と逆転に成功。しかし、当時18歳だったウェアナーが左サイドからドリブルを仕掛け、角度のないところから決めて追いつくと、勢いづいたシュトゥットガルトはベテランのクリスティアン・ゲントナーが勝ち越し弾を決めて4ー5の勝利を収めた。

2012/13シーズン 第18節
シャルケ 5ー4 ハノーファー

ウィンターブレーク明けの2013年初戦、シャルケハノーファーがいきなり激しい打ち合いを演じた。シャルケのジェフェルソン・ファルファンが44分に先制点を挙げるまでは静かな試合だったが、このゴールをきっかけに試合展開は一変する。

後半開始から20分間で両チーム合わせて6ゴールが生まれ、シャルケが4ー3とリード。さらにルイス・ホルトビーが追加点を挙げて5ー3と突き放す。しかし、ハノーファーもマメビラム・ディウフが素晴らしいオーバーヘッドキックでゴールを奪い、最後まで見せ場を作った。なお、この一戦はシャルケでの初陣となったイェンス・ケラー監督が勝ち点3を手にした最初の試合でもあった。

1998/99シーズン 第34節
1860ミュンヘン 4ー5 シャルケ

シャルケは1999年5月にも4ー5の試合を経験している。このシーズンの最終節は1860ミュンヘンとシャルケにとって優勝も降格もない“消化試合”だったが、サポーターは大いに試合を楽しむことができた。追いつ追われつの展開となった試合は前半終了時点ですでに4ー3。ホームの1860ミュンヘンが1点リードしていた。

しかし、残り20分のところで、ドイツ代表オラフ・トーンのゴールでシャルケが4ー4の同点に追いつくと、引き分けで終了と思われた試合終了直前、ウナル・アルプガンがペナルティーエリア内で倒されてPKを獲得する。これをハミ・マンドゥラルが冷静に決めて4ー5。この結果、シャルケは1860ミュンヘンよりも上位でシーズンを終えることになった。

1997/98シーズン 第13節
デュイスブルク 4ー5 メンヘングラートバッハ

昇格組のカイザースラウテルンが優勝を飾ったシーズンとして記憶されている1997/98シーズン、同じ地域に本拠地を置くデュイスブルクとメンヘングラートバッハ(ボルシアMG)のダービーは、開始9分で1ー1と点の取り合いの様相を呈していた。前半を2ー2で折り返すと、後半に入ってアンジェイ・ユスコビアクとシュテファン・エッフェンベルクのゴールでボルシアMGが2点をリード。その後、デュイスブルクも1点を返して3ー4となった。

残り6分でデュイスブルクにPKが与えられるが、ボルシアMGのGKウベ・カンプスがミヒャエル・ツァイヤーのPKをストップして得点を許さない。ところがこのまま終了かと思われた88分に、バシル・サルーがシーズン2点目を挙げて4ー4の同点。それでもまだドラマは終わらなかった。

ボルシアMGはアディショナルタイムにユスコビアクが決めて再び勝ち越しに成功。このシーズン、ボルシアMGは厳しい1年を送ったが、ダービーでの勝利もあって辛うじて降格を免れた。

1964/65シーズン 第23節
ドルトムント 5ー4 ブラウンシュバイク

ブンデスリーガ史上初の5ー4の試合が生まれたのは1965年、ブンデスリーガが始まって2シーズン目のことだった。1ー1でハーフタイムを迎えたドルトムントとブラウンシュバイクの一戦は、後半の20分間で両チームが計6ゴールを挙げ、4ー4の同点で終盤へと向かっていく。

この試合で示されたのは、ブンデスリーガ60年の歴史の中で定着していくドルトムントの「決して諦めない姿勢」。残り3分でティモ・コニェツカがシーズン21ゴール目を挙げ、ドルトムントが乱打戦にケリをつけた。