Summary

  • オランダ人のペーター・ボスがドルトムントの指揮官に就任
  • ブンデスリーガで指揮を執った歴代のオランダ人監督を紹介

今季のドルトムントは早々にブンデスリーガの優勝争いから脱落し、史上初の5連覇を達成したバイエルン・ミュンヘンに勝ち点「18」もの大差をつけられた。この差を埋めるべく、クラブはオランダ人監督のペーター・ボスにチームの指揮を託すことを決めたが、ブンデスリーガのクラブが隣国の指揮官にチームを任せるのはドルトムントが初めてではない。これまでブンデスリーガで指揮を執ってきたオランダ人監督は計16人。その中から印象深い5人を紹介する。

ルイ・ファンハール監督
(バイエルン・ミュンヘン:2009年〜2011年)

ファン・ハール監督はブンデスリーガ優勝を成し遂げた最後のオランダ人監督である。2009/10シーズンにバイエルンを率いてリーグとドイツサッカー連盟カップ(DFB杯)の二冠を達成。しかし、欧州チャンピオンズリーグでは決勝で惜しくもインテルに敗れ、三冠の名誉を手にすることができなかった。翌シーズンはDFLスーパーカップで勝利を収めたが、リーグ戦ではドルトムトにタイトルを譲った。

ファンハール監督はCL決勝で敗れて三冠の偉業を逃した

フーブ・ステフェンス監督
(シャルケ:1996〜2002、ヘルタ・ベルリン:2002/03、ケルン:2004/05、ハンブルガーSV:2007/08、シャルケ:2011/12、シュトゥットガルト:2014/15、ホッフェンハイム:2015/16)

ファンハール監督の実績もシャルケを二度にわたって率いたフーブ・ステフェンスの総合的な実績には及ばない。ステフェンスはブンデスリーガ優勝こそ成し遂げていないが、シャルケにUEFAカップ制覇と2度のDFB杯優勝をもたらし、サポーターから「20世紀における最優秀監督」に選出されている。ステフェンスが最もブンデスリーガ制覇に近づいたのは2000/01シーズン。優勝争いは最終節までもつれ、バイエルンが負ければ優勝決定という状況だった。しかし、バイエルンがアディショナルタイムに引き分けに持ち込んでシャルケの初優勝は夢に終わった。

ステフェンス監督はシャルケにUEFAカップ優勝をもたらしたが、ブンデスリーガでは惜しくも優勝を逃した

ベアト・ファンマルワイク監督
(ドルトムント:2004〜2006、ハンブルガーSV:2013/14)

ドルトムントには以前にもオランダ人監督がいた。ベアト・ファンマルワイク監督だ。ファンマルワイクは2004年から2006年までの期間で100試合にわたってチームを指揮。しかし、2シーズンとも成績は7位にとどまった。その後、2013年にはハンブルガーSVの監督に就任するが、7連敗を喫して2014年2月に解任されている。

ブンデスリーガで2度にわたって指揮を執ったファンマルワイク監督

ヨス・ルフカイ監督
(ウアディンゲン:2000〜2002、パーダーボルン:2005/06、メンヘングラートバッハ:2007/08、アウクスブルク:2009〜2012、ヘルタ・ベルリン:2012〜2015、シュトゥットガルト:2016)

ルフカイ監督はドイツの6クラブで指揮経験がある最も経験豊富なオランダ人監督だ。長期政権となったのはヘルタ・ベルリン時代だが、アウクスブルクでも手腕を発揮してチームをブンデスリーガに残留させ続けた。また、2部ではメンヘングラートバッハ(2008年)、アウクスブルク(2011年)、ヘルタ(2013年)をブンデスリーガ昇格に導いている。

リヌス・ミケルス監督
(ケルン:1980〜1984、レーバークーゼン:1988/89)

アヤックスで「トータルフットボール」を生み出したミケルス監督は、アヤックスでヨーロピアンカップ優勝、バルセロナでリーグとカップ戦の二冠という華々しい成績を引っ提げて1980年にケルンの監督に就任。しかし、在籍3年間で成功と言えるような成績を収めることはできず、獲得タイトルは1983年のDFB杯のみだけだった。1988年にオランダ代表を欧州選手権優勝に導いた後、レーバークーゼンでも1シーズンだけ監督を務めた。

ケルンでは結果を残せなかったものの、アヤックスやバルセロナ、オランダ代表で成功を収めたミケルス監督

なお、ブンデスリーガで最初に指揮を執ったオランダ人監督は、1972年の2月から10月までアルミニア・ビーレフェルトを率いたヤン・ノータマンス監督。その他のオランダ人監督には、アリー・ハーン、マーティン・ヨル、ディック・アドフォカート、ヘルトヤン・ファーベーク、アンドリース・ヨンカーらがいる。