Summary

  • ブンデスリーガで働く日本人を紹介する第1弾の後編
  • 名門1.FCケルンの育成部門GKコーチ、田口哲雄さん
  • トップチームの守護神であり、未来のドイツ代表を担うホーンを育てた

ブンデスリーガの名門1.FCケルンにはコーチとして働く日本人がいる。U−21および育成部門のGKコーチを務め、リオデジャネイロ・オリンピック銀メダリストのティモ・ホーンを育てた田口哲雄さんだ。若くしてドイツに渡り、ブンデスリーガで活躍する田口さんに現在の仕事や選手育成のノウハウ、今後のビジョンなどについて話をうかがった。

前編はこちらから

――GK大国ドイツで、しかもブンデスリーガの名門クラブで、コーチの座をキープするのは並大抵のことではないと思います。

田口 選手たちがどんどん上のカテゴリーに昇格しているので、僕が良い仕事をしているように思われているだけです。例えば100グラム100円の牛肉を三ツ星レストランのシェフが調理した場合と、100グラム1万円の松坂牛を一般家庭の主婦が調理した場合、僕は主婦が焼いた松坂牛ステーキのほうが美味しいと思うんです。言い換えれば、指導者は選手の素材やクオリティーに左右されるということです。僕のところには、たまたまクオリティーの高い子どもたちがたくさんいて、素材が良かったからうまくいっただけかもしれない。実際のところ、指導者の仕事は客観的な比較ができないので分からないですよ。ただ、ある選手がゴールを量産するのは、アシストをしてくれる周りの選手のクオリティーにも必ず左右される。GKもディフェンス陣の組織がどれだけうまくいっているかによって、最後の失点の仕方やその印象が変わってくる。だから、あまりかいかぶり過ぎてもいけません。一つだけ言えるのは、明らかに間違った仕事はしていないということですね。僕が明らかに間違った仕事をしていたとすれば、これだけの数のGKが上のカテゴリーに上がることはなかったと思うので……。

「できるだけ自分たちで長く選手を育てていきたい」

――今季序盤にホーン選手がひざの手術を受け、しばらく第2GKのトーマス・ケスラー選手がゴールマウスを守っていました。GKはレギュラーの座が1枠しかない、特殊なポジションです。

田口 うちのクラブはGK3人の仲が良いんですよ。GK同士で妬みや恨みが全くない。珍しいとは思いますが、GKコーチも含めて何かあったら皆でご飯を食べに行ったり、誰かのお祝いをしたりもします。ケスラーはケルンの下部組織出身で、ティモの7歳年上です。でも先輩のケスラーがティモに敬意を示し、ティモも自分が正GKであることを鼻に掛けない。そんな2人を第3GKで一番年下のスベンはずっと憧れてきたわけです。そうした選手同士の関係性は、僕らも下のカテゴリーの時から気をつけています。ただ、指導者がどうこう言うよりも、まずは年上の選手が模範的な行動を取ればいいんじゃないかなと。ケルンGK陣は選手も指導者も入れ替わりが少なく、長年知っているメンバーが多いので、コミュニケーションがうまく取れるし、全体が良いハーモニーを保っています。できるだけ自分たちで長く選手を育てていきたい。それがうまく成り立っているんですね。トップチームのGKコーチもケルンの元選手で、僕の師匠の教え子でした。ここでは外から来た人間は僕くらいのもので、同じことをやってきた人たちが、それをずっと受け継いでいるんです。

今季はケスラー(左)が13試合に出場。写真は第19節ウォルフスブルク戦で無失点に抑えた先輩を祝福するホーン

――2014年からケルンに所属する大迫勇也選手とはどのような関係ですか?

田口 たまに一緒にご飯を食べに行きます。ただ、彼自身はチーム内でしっかりコミュニケーションを取っているので、僕が入っていく必要はありません。むしろ、僕が介入しすぎて、彼らのコミュニケーションの機会を妨げないよう気をつけています。もちろん、戦術的なことでドイツ語が分からなければ彼のほうから聞いてきますし、けがや体調に関する微妙なニュアンスをチームに伝えたり、事務手続きをする時などは僕が手伝うこともあります。

――今後、どのようなGKを育てていきたいですか?

田口 GKは基本的には失点を防げればいい。だから、あまり理論でがちがちに固めたくないですね。選手にはそれぞれ身体的特徴があるので、それに見合った最適なスタイルを本人が確立してくれればいい。型にはめず、それぞれの長所を生かしてあげたい。だから、誰かの真似をしろとは言いません。もちろん、理想はマヌエル・ノイアーですよ。でもあんな選手、おそらく後にも先にも出てこないでしょうから(笑)。サッカーの醍醐味はゴールで、攻撃の選手は得点すること、守備の選手は得点させないことが仕事です。その一番の目的を見失ってはいけない。実際、ティモとウニオン・ベルリンでプレーしているメゼンヘーラーのプレースタイルは全く違いますからね。

「ドイツではGKが憧れの対象」

――個人的な目標や今後のビジョンを教えてください。

田口 トップチームでの仕事は時間的制約が少ないので、いいかなと思います。ユース年代は練習時間が遅いので(笑)。ただ、絶対にトップチームで仕事をしたいかと言われると、そういうわけでもないですし、もともとこれほど長くドイツにいるつもりはなかったので、そろそろ日本に帰りたいというのもあります。欧州では日本のGKの評判はあまり良くありませんが、それはGKに求められる能力に対して身体的特徴が見合っていないからだと思います。ドイツでは黙っていても、190cmになる選手が多いわけで……。そういう意味では日本人GKにはデメリットもありますが、日本のGKを変えていきたいなとは考えています。

田口さんは将来的に日本人GKの育成、指導も視野に入れている

――現在、ブンデスリーガでは多くの日本人選手が活躍していますが、田口さんから見ていかがですか?

田口 大迫君はすごいと思いますね。例えば、香川(真司)君や清武(弘嗣)君はドイツにはいないタイプの選手です。ドリブルがうまく、アジリティーがあって、パスもできて。でも大迫君は、体を張ってボールキープし、身長は180cm以上あって、ヘディングもできて……まさにドイツにごろごろ転がっているタイプ。つまり、わざわざ日本から連れてくる必要のない選手なんですよね。ただ、彼の技術や状況判断は誰よりも優れている。バイエルンが相手でもボールを取られないんですよ。以前は香川君のようなタイプかサイドバック、日本人がドイツで活躍できるポジションは限定されていました。でも昔と比べるといろいろなタイプの選手が出てきたなと思います。長谷部(誠)君はボランチやリベロであれだけの地位を確立しているし、大迫君はFWで結果を出している。本当に面白くなってきたなと思います。あとはセンターバックとGKですね。ドイツのGKがなぜレベルが高いかというと、ドイツではGKが憧れの対象だからです。子どもたちはオリバー・カーンやノイアーを見てGKをやりたがるんですよ。日本でもそういう選手が出てくれば、GKをやりたい子どもたちが増えて、良い選手が出てくる可能性が高くなるはずです。

――最後に海外で活躍したい、ブンデスリーガで働きたいと思っている人たちにメッセージをお願いします。

田口 「選手になりたい」「指導者になりたい」と言いながら、あまり考えがまとまらないうちに日本を飛び出してきた若者を何人か見てきました。ドイツに来ても何かを始めるのはそう簡単ではありません。ビザというものが存在するし、下調べを抜かりなくしておかないと厳しい。僕も最初の頃は「何をやっているんだろう?」と思う日々が続きました。それなりの助走というか、我慢の時間があることも想定しておいてください。夢や目標を持つことは大事ですが、そのための具体的なプランや道筋は立てておいたほうがいい。海外に来てからでは、ぼやけている夢や目標をクリーンにする作業は難しいと思います。それから、日本人が海外で働くには、どの国にかかわらず、ある程度のはったりをきかせることも必要ですし、引っ込み思案すぎてはいけない。海外では自己主張が大事と言いますが、それが的を射た意見であることは確かです。ただ、自己主張するタイミングや場の空気というものもありますから、それを読める感性が必要ですね。

【プロフィール】
田口哲雄(たぐち てつお)
1976年、埼玉県生まれ。2001年東京外国語大学卒業後、渡独。2006年からケルンの育成部門GKコーチとして働き始め、現在はU−21チームのコーチングスタッフおよびU−15からU−21のGK育成を担当している