Summary

  • ドルトムントが香川と2020年まで契約延長
  • 衝撃のデビューから7年、ブンデスリーガでの歩みを振り返る
  • 2017/18シーズン、ブンデスリーガの日本人最多得点記録の樹立へ

香川真司が7月14日、ドルトムントとの契約を2020年まで延長した。ブンデスリーガ127試合に出場、36ゴールを挙げている同選手の歩みを振り返る。

衝撃の「ルール・ダービー」デビュー

香川は2010年7月、セレッソ大阪からドルトムントに加入。ブンデスリーガ開幕節(レーバークーゼン戦)から先発に名を連ねると、第3節ウォルフスブルク戦で初ゴールを記録する。翌節にはドルトムント最大のライバルであるシャルケとの「ルールダービー」で先制点を含む2ゴールを挙げ、3-1の勝利に貢献。日本からやってきた小柄な21歳の青年は一躍、ブンデスリーガで最も熱狂的なドルトムントサポーターから愛される存在となった。

その後も香川の快進撃は止まらず、前半戦だけで8ゴールをマーク。冬季リーグ中断期間に日本代表として出場したアジアカップで負傷し、長期離脱を余儀なくされたが、ドルトムントはこのシーズン、9年ぶりにブンデスリーガ優勝を果たした。

けがから復帰した香川は翌2011/12シーズン、リーグ戦31試合に出場し、13ゴールを挙げる。ブンデスリーガでは日本人選手初となる連覇を達成。さらにドイツサッカー連盟カップ(DFB杯)決勝では開始3分に先制点をもたらし、チームはバイエルン・ミュンヘンを5-2で下し、2冠を達成した。

絵に描いたような復帰戦

2年間で3つのタイトル獲得に貢献した香川は、ドルトムントサポーターに惜しまれつつもプレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッドへ移籍。しかし、香川は出場機会に恵まれず、不遇の2シーズンを過ごすことになった。

2014年の夏季移籍市場が閉まる直前、香川の電撃復帰の噂にドルトムントの街中が色めき立つ。“失った息子”あるいは“放蕩息子”の帰りを今か今かと待ちわびていたサポーターの願いは叶い、香川はドルトムントと2018年まで契約を結んだ。第3節フライブルク戦で8万人のサポーターから大歓迎を受けると、前半終了間際にゴールをたたき出し、ブンデスリーガ復帰を勝利で飾る。

香川の活躍で日本人選手の道が開く

これまでにブンデスリーガに出場した日本人選手は27人、今夏アイントラハト・フランクフルトに加入した鎌田大地、ブンデスリーガ再昇格を果たしたシュトゥットガルトの浅野拓磨がデビューすると、28、29人目となる。

香川が加入した2010年当時、ブンデスリーガに所属していたのは、同時期に海外初挑戦となった内田篤人(シャルケ)と矢野貴章(当時フライブルク)、同リーグ日本人最多出場記録を持つ長谷部誠(現フランクフルト)のみだった。その後、Jリーグからブンデスリーガへやってきた日本人選手は鎌田、浅野も含めると通算19人。新シーズンは10人の日本人選手がブンデスリーガでプレーすることになる。(7月14日時点)。

以前、清武弘嗣(現セレッソ大阪)に「ブンデスリーガで日本人選手が活躍できる理由」を尋ねたことがある。すると、当時ハノーファーの10番を背負っていた清武はこう答えた。「高原(直泰)さんやハセさんら歴代の選手たちが築き上げてくれたところにシンジ君が来て、日本人選手の人気が爆発したのではと僕は思います。『日本にこんな良い選手いるの?』みたいな。その後から乾(貴士)くんや(細貝)萌くん、岡ちゃん(岡崎慎司)が行き始めたので、そう考えるとシンジ君のあの2年間(2010/11、2011/12シーズン)はすごいな、大きかったなと思います」

香川がブンデスリーガに与えた影響は大きく、各クラブが日本人選手の獲得に動くようになった

日本人新記録達成まで2ゴール

ドルトムントに復帰してからの3シーズン、香川は周囲が期待するようなパフォーマンスを常に発揮してきたわけではない。なかなか出場機会に恵まれないこともあった。しかし、人々を魅了するプレーは健在だ。

また、確実に積み上げてきたものがある。

現在、香川のブンデスリーガ通算ゴール数は36。あと1得点で岡崎慎司の持つブンデスリーガ日本人最多得点記録に並び、その先には新記録達成が待っている。