Summary

  • ウォルフスブルクとブラウンシュバイクの歴史を紐解く
  • 両クラブはともにニーダーザクセン州の都市を本拠地とする
  • これまで公式戦での対戦はわずか10試合

5月25日と29日に行われる昇降格プレーオフでウォルフスブルクブラウンシュバイクが激突する。両クラブは同じニーダーザクセン州の都市をホームとしているが、歴史上、これまではほとんど関わり合うことがなかった。

ほとんど接点がない“ご近所”クラブ

ウォルフスブルクの本拠地フォルクスワーゲン・アレーナとブラウンシュバイクの本拠地アイントラハト・シュターディオンの距離はわずか35kmしか離れていない。しかし、この短い距離の移動は両チームの選手やサポーターにとって決して馴染みのあるものではなかった。

1963年のブンデスリーガ創設以来、公式戦での対戦はわずか10試合。リーグ戦に限れば4試合のみだ。ブンデスリーガの舞台での唯一の対戦は2013/14シーズンで、その時は昇格組のブラウンシュバイクが1勝1分け(A:2ー0、H:1ー1)と勝ち越した。ただ、ウォルフスブルクは2008/09シーズンのブンデスリーガ王者であり、2014/15シーズンには2位の好成績を収めている。一方、ブラウンシュバイクがブンデスリーガでプレーしたのは過去30年でわずか1シーズンだけだ。

ブラウンシュバイクは2013/14シーズンにウォルフスブルクから勝ち点「4」を獲得している

リーグ創設期の古豪と成長著しい新興クラブ

両チームの歴史を紐解くと、その立場は現在とは全く異なるものだった。ブンデスリーガが創設された1963/64シーズン当時、ウォルフスブルクはレギオナルリーガ・ノルト(4部)に所属。一方のブラウンシュバイクはリーグ創設時の16クラブの一つだった。

1966/67シーズンには1860ミュンヘン、ドルトムント、アイントラハト・フランクフルトといった強豪クラブを抑え、クラブ史上唯一の優勝を飾った。1980年代半ばまでほとんどのシーズンをトップリーグで過ごし、欧州カップ戦にも4度出場した。しかし、1984/85シーズンに2部に降格すると長い低迷期に突入。2012/13シーズンのブンデスリーガ復帰は実に28年ぶりのことだった。

ブラウンシュバイクは1967/68シーズンのヨーロピアンカップでユベントスに勝利している

ウォルフスブルクは長らく下部リーグに低迷していたが、1980年代後半から1990年代前半にかけて徐々にはい上がっていく。この時期に短期間ながら両チームの歴史が交わった。1987/88シーズン、ブラウンシュバイクは3部から2部への昇格を懸け、当時のウォルフスブルクの本拠地だったVfLシュターディオン・アム・エルスターウェッグに向かった。そして詰めかけた1万人のサポーター前で2ー1の勝利を収め、2部昇格を決めた。

1992/93シーズンにはウォルフスブルクが2部でリベンジを果たす。第17節の対戦で4ー1と快勝すると、シーズン後半の対戦でも1ー0で勝利して残留に弾みをつけた。一方のブラウンシュバイクは3部へ降格。その後、1世代にわたって両チームが対戦することはなかった。

その後、ウォルフスブルクは上昇気流に乗り、1994/95シーズンにドイツサッカー連盟カップ(DFB杯)の決勝に進出。1996/97シーズンにはついにブンデスリーガに昇格し、トップリーグに留まり続けるのは難しいだろうという大方の予想を覆してきた。2000年代に入ると、クラブの野心はさらに高まり、補強に本腰を入れ始めた。2007/08シーズンにはUEFAカップ(現EL)出場権を獲得。2008/09シーズンにはブンデスリーガ初優勝を飾ってクラブの歴史を作った。

ウォルフルブルクは1997年にブンデスリーガに昇格し、2008/09シーズンには初優勝を果たした

ウォルフスブルクの有利は動かないが……

そんな両チームが今、プレーオフという形で再び交じわることになった。これまでのプレーオフの結果を見ると、過去7シーズンのうち6シーズンはブンデスリーガ勢が残留を決めており、歴史はウォルフスブルクの優位を示している。また、ウォルフスブルクはエースのマリオ・ゴメスが直近12試合で10ゴールと絶好調。ブラウンシュバイクにとって大きな脅威となるだろう。

ただし、 2013/14シーズン以来の昇格を目指すブラウンシュバイクも全力で向かってくる。ハノーファーに対するものほどではないにせよ、ウォルフスブルクに対するライバル心もある。

ところで、ウォルフスブルクには空港がなく、彼らがアウェーゲームに向かう時はいつもブラウンシュバイク空港が使われてきた。ブラウンシュバイクは、ウォルフスブルクがより大きな舞台に向かうための玄関口となっていたのだ。そんな場所に本拠地を置くチームが、20年間に及んだウォルフスブルクのブンデスリーガの歴史に終止符を打つとしたら、なんとも皮肉な巡り合わせである。