ブンデスリーガ

02.08.2016 - 16:54 Uhr


ブレーメンについて知っておきたい5項目

1899年創設、4度のブンデスリーガ優勝を誇る古豪ブレーメン

日本人ブンデスリーガーの先駆者、奥寺康彦氏も所属したブレーメンについて紹介する。

1、優勝回数4回

ブンデスリーガ初年度の1963/64シーズンから参戦し、翌シーズンには早くも初優勝を果たした。1980/81シーズンに2部へ降格するも1年で復帰。その後はハンンブルガーSVバイエルン・ミュンヘンと優勝を争い、3回の準優勝を経て1987/88シーズンに再びブンデスリーガの頂点に輝いた。1992/93、2003/04シーズンを加え、ブンデスリーガでの優勝は4回。これはバイエルン(25)とメンヘングラートバッハ(5)、ドルトムント(5)に次いで4位の記録だ。また、ドイツサッカー連盟カップ(DFB杯)は6回、制している。ただし、近年では終盤戦で残留争いを強いられることが多く、2012/13シーズンから4季連続で二桁順位。「古豪の復活」こそが最大のテーマである。

2、船で渡る

正式名「SVベルダー・ブレーメン」の“ベルダー(Werder)”は市内に流れるウェーザー川の「中洲」という意味。サポーターらは試合日、この川を船で渡ってスタジアムへ行くことができる。

3、北部ダービー

中世のドイツではバルト海沿岸の地域が「ハンザ同盟」を結び、独占貿易で栄えた。その代表的な都市がブレーメンとハンブルクだ。しかし現代のサッカーの世界では両チームは同盟を組むどころか、ライバル心をむき出しにしている。ともにブンデスリーガ元年から参戦し、リーグ在籍歴はトップ2(2016/17シーズンでハンブルクは54、ブレーメンは53シーズン目)。ドイツの北部に位置する両者の対戦は「北部ダービー」と呼ばれ、時に場外も含めて熱いバトルが繰り広げられている。

4、Mr.ブレーメン

DFトーマス・シャーフはユース時代(1972年)から1995年の現役引退までブレーメン一筋で、281試合に出場した。その後は同ユースチームの指導者となり、1999年にトップチームの監督に就任。以後、2013年まで同職を務め、ブレーメンに約40年も在籍した。監督としては、チームをブンデスリーガ1回、DFB杯で3回の優勝に導いている。2014/15シーズン、周囲の驚きをよそにアイントラハト・フランクフルトの監督に就任するも1年で辞任。翌シーズン後半戦からハノーファーを率いることになったが、こちらも任期を待たずして退任となり、Mr.ブレーメンはやはり、同クラブで輝きを放つようだ。

5、助っ人外国人

「東洋のコンピューター」と称された奥寺康彦氏は、ドイツ3チーム目のブレーメンに最も長く在籍した(1981年〜1986年)。ブンデスリーガの日本人選手最多出場記録となっている234試合のうち、ブレーメンで159試合に出場、11ゴールを挙げている。

もう一人、外国人選手で忘れてはならない存在がある。38歳の現在も主力としてゴールを量産しているペルー出身のクラウディオ・ピサロだ。同選手は2016年4月16日(第30節)、ブレーメンで102ゴール目を挙げてクラブの最多得点記録を塗り替えた。バイエルン時代を合わせるとブンデスリーガで190ゴール(2015/16シーズン終了時点)を決めており、外国出身選手の最多得点記録を更新中だ。

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