ブンデスリーガ

20.07.2016 - 11:43 Uhr


フライブルクについて知っておきたい5項目

フライブルクは2015/16シーズンにブンデスリーガ2部で優勝を果たし1年でトップリーグに復帰した

ドイツ最南端のブンデスリーガクラブ、SCフライブルクについて紹介する。

(1)環境都市

ドイツ語圏にはフライブルクという名の町が複数存在しており、紛らわしさを避けるため、フライブルク・イム・ブライスガウ(ブライスガウ地方のフライブルク)と呼ばれている。高度経済成長期、酸性雨によって地域の緑が失われつつあった状況から、フライブルクは環境保護に熱を持って取り組むようになり、ごみのリサイクル、再生可能エネルギーなどの研究が盛んになった。他にも、市内中心部への自動車進入を制限し、排気ガス抑制などの措置も取っているため、フライブルクは「環境保護先進都市」としての地位を築いている。

(2)フィンケ就任からクラブの発展へ

1991年夏にそれまで指導者としてはまったくの無名であったフォルカー・フィンケが指揮官に就任すると、同監督は当時のドイツサッカーとは一線を画す、ショートパスを主体とした流れるようなサッカーをチームに植え付けただけでなく、資金力の乏しさから若手の育成に力を入れることをクラブに要請。以後、フライブルクからは次々とタレントが誕生し、同クラブでプロデビューを飾っては、他のクラブに多額の移籍金を残して羽ばたいていった。その潮流は今も息づいており、「フライブルク=育成の名門」という構図はドイツ国外にも広く知れ渡っている。

(3)スタジアム

20世紀前半、フライブルクはビンテラー・シュタディオンを本拠地にしていたが、第2次世界大戦が始まったことで同スタジアムは空軍の所有物に。戦後もしばらくは、自前のグラウンドを持てない時期が続いた。しかしクラブは1953年に現在の場所を確保し、スタジアム建設を開始。1955年に落成式を行った。それから半世紀の間はドライザム・シュタディオンという名前で使用され、2004年にクラブ初のネーミングライツを導入したことで、その名前は地元のエネルギー供給会社を冠とするバーデノーバ・シュタディオンとなり、2012年からの2年間は、再生可能エネルギーを研究・開発するマゲ・ゾーラー社が命名権を購入。2014年から現在までは地元観光会社の名前がつけられ、シュバルツバルト・シュタディオンとなっている。また、フライブルクという町が環境保護先進都市として名高いこともあり、スタジアムもドイツで初めて太陽光発電を導入。またピッチを温めるための暖房も、環境に優しいとされるスターリングモーターを使用している。

(4)長期政権なるか

フライブルクの直近25年間で、指揮官の交代はたったの3回という異例の少なさである。もちろんこのうち、先述のフィンケが16年間を占めているが、その後就任したロビン・ドゥットは4シーズンを指揮。2011年のマークス・ゾルグ監督は半年間の短命に終わったが、同年12月以降はクリスティアン・シュトライヒ監督が一貫してトップチームを率いており、資金や戦力に恵まれないフライブルクを鍛えあげ、2012/13シーズンにはなんと5位に躍進。シュトライヒ監督は同シーズンの最優秀監督賞を受賞した。一昨季は、あえなくブンデスリーガ2部へ降格してしまったが、昨シーズン同リーグで優勝を勝ち取り、たった1年でのブンデスリーガ復帰を果たすなど、その手腕はいぜんとして高い評価を得ている。

(5)日本との関係

1988年からフライブルクが愛媛県松山市と姉妹都市となったことに起因し、SCフライブルクと愛媛FCが2008年にフレンドシップ協定を締結。以降、育成年代の選手や指導者が定期的に短期留学を行うなど、両クラブの関係は廃れることなく、年々強化が進んでいる。

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